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面白い

  • 2017/08/04(金) 06:10:08

 音楽を作っていて改めて思うことは
最初の部分が死ぬほど大事。
特にゲーム音楽は頭しか聴かれないことも多いから
他のジャンルと比べてもなおさら重要になってくる。

 メロディーから入るなら、
頭の2小節でどれほどのものか判断されるし、
そこからの流れはそれに集約されていると期待される。

 イントロから入るものは、
適当に作ったかどうかが一発でバレてしまう。
早い話が1秒ぐらいで「次の曲に行こう」と思われる。

 結局のところ、マンガもゲームも音楽も
頭の部分で大体が判断されうるというのは
全く変わらないことを不思議に思う。

 ただ、映画だけはちょっと別だと感じる。
あれは1時間半ほど部屋の中に閉じ込めるから
多少立ち上がりが鈍くても許されるところがある笑

 まぁそれはいいんだけど、要するに
自分が作ったメロディーの頭を聞いて
それに沿って無理せず作っていきたい、と
こういうことが言いたかった。



 人それぞれではあるけど、自分の場合は
とにかくシンプルに、素朴に作っていきたい。

 また、すぎやまこういち先生が
「音楽は心の応援団、タイムマシン、貯金箱」と申されたように、
自分も全く同じところを目指していきたい。

 ドラクエ序曲を聴くと、どれほど苦しかった思い出も
人生の誉れの一幕と感じられるように
そういう曲を作っていきたいのである。

 ドラクエ11「過ぎ去りし時を求めて」にあやかって言えば
マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の冒頭で
紅茶に浸したマドレーヌが記憶を呼び起こしたような、
そんな感じの曲を作っていくことが目標。

 ただ、自分の場合はマドレーヌではなく
おにぎりのような、そんな感じでありたい笑

 寿司とか懐石ではなく、おにぎりがいい。
それも高級な奴とか店の奴とかではなく、
土曜日にオカンが作ってくれたような奴。



 しかし、本当に不思議で面白いのは、
メロディーの頭2小節を聴いただけで
こう来てほしいな、という感覚が出てくること。

 この感覚ははどちらかというと、
リズムに起因するところが大きいように思える。

 仮に旋律の動きがほとんどなくても
恐らくは次への期待が出てくると思うと
リズムが持つ力というのは予想より遥かに
重要なのかもしれない。

迷ったらシンプルに!

  • 2017/08/02(水) 15:13:46

 だんだん曲の作り方がわかってきた……
本当、何というか……
アップロードしないで良かったと思うことの連続だ……。

 ようやくコードと旋律の関係が見えてきたというか
「あっ!みんなこんな感じで作曲していたのか!」
みたいなことがわかってきた。

 とりわけ副旋律(メロディーの裏にあるメロディー)に関して
盛り上げ方という意味で大いなる勘違いをしていた。

 副旋律は対旋律というよりも
リフの考え方で作ったほうがいいかもしれない。
それも、2小節ぐらいで。

 とにかく旋律感・和声感を出しながら
バックにうまく馴染ませるのは工夫が必要そうだけど
少なくとも「何にどう注力しないといけないのか」
ということはわかったから気が楽。

 こうなると一日一日が非常に短く感じる笑
じっくり音楽を作りたいけど、シナリオやドット絵も
大忙しだから手を抜けない!

 まぁとにかく、作っていけば完成はするので
一歩一歩着実に歩んでいこう。



 しかし、ドラクエ11の売上がヤバイ!
個人的には3DSとPS4の割合は
もっと3DS寄りになると思っていた。
それがまさか6:4ぐらいで収まるとは……。

 やはりみんなRPGはじっくり遊びたい、
という思いがあるのだろうか。
スマホゲーとの住み分けという意味でも。

 でもまぁ、これが看板タイトルだよなぁと
しみじみと思った。

 ゲーム業界のこれからを考えると
いかに看板タイトルを出せるクリエイターを育てられるかが
とても重要なことになるだろう……。

頭脳で作りすぎた

  • 2017/07/31(月) 06:10:12

 テーマの方向性を詰めようと思って色々と考えたけど、
振り返ってみれば頭脳で作りすぎたように思える。
一口で言えば、全ボツ。

 これがムダなプロセスだったかと言うと、そうではなく
考える時の方向性がだんだんと定まってきている
という実感はある。

 他人に対して「これこれこうだよね」と言うのは
自分の場合はあまり向かないように思う。
なんというか……勢いが死んでいるのがよくわかる。

 結局のところは、止めることのできない
自己否定との闘争こそがテーマになるだろう。
わかりやすい言い方をすれば、
自分のために作るということだろうか笑

 大人になると、そういうことに目を瞑れるようになるけど
あえてそれに挑んでいく過程をお話にしようという魂胆。



 その闘争を展開させられるのは、結局のところ
ひたすら主人公を掘り下げることだと思うと
白泉社社長、鳥嶋和彦氏が「とにかくキャラクタだ」と
言った理由がなんとなくわかる。

 話の中でのキャラクタの役割、
その立場の人間の役割で新しさを出せるのは
どう話を作るか、という発想でいくと
恐らくかなり難しい、できたとしても遠回りになる。

 結局のところ、キャラクタが何に苦しんでいるのか
それは何故なのか、どうすれば解消できるか、
これらを徹底的に突き詰めるのが一番手っ取り早いだろう。

 で、主人公には自分が抱えている自己否定を
同じく抱えてもらい、自分の代わりに冒険をしてもらうと……。

 そうすればキャラクタを考えつつ
テーマを突き詰めていくことができる……多分!

 少なくとも、自分のリアルが作品の中に
しっかりと反映されることは間違いない。
 
 「受け手はこういう状況だからこう思っているだろう」という
理詰めでいくと、あまり面白くないのは
自分に見えているリアルと食い違っている感じを
覚えるからだろう。



 そうそう、頭脳偏重というと語弊があり、
「え?主人公を掘り下げるのも頭脳でしょ?」
みたいに思われたかもしれないけど、
その作品に流れているリアルに対しての表現だった。

 リアルって何だよと思われるかもしれないけど、
この世界への認識というべきか……
まぁ、そういったものは頭脳で作るべきではなく
今の自分の視座をそのまま乗っけないといけないと、
そういうことが言いたかったのだ笑

ムカついた

  • 2017/07/28(金) 05:33:58

 ハッキリいってクソがつくほどムカつくことを言われた。
先方が言いたいことは違うらしいけど、
途中で遠回しに「お前には音楽は無理でしょ」
みたいなことを何度も何度も言われた。

 今でも死ぬほどムカついているし、
何よりも、人の可能性にケチをつけるヤツは
勝者を引きずり落とす負け犬とさえ思っているけど
どうしてそう思うか、今日ようやくわかった。

 とどのつまり、人が最も目撃したいもの、あるいは
最も大切に思うものは人間の可能性だからだろう。

 例えば、オリンピックなんてのは
日本選手が勝ったところで自分に銭が入る訳でもないし、
素晴らしいプレイを見て身辺が変わる訳でもない。

 しかし、選手のその姿を通して
人間の可能性に肉薄したい、という意識があるように思う。

 これは恐らくメディアに関しても
全く同じことが言えると確信している。

 ドラゴンボールなんていうのはまさにその典型例で、
悟空の戦いを通して人間の可能性を見たいのだろう。

 そして、その可能性への迫り方が
人間の根源的なものだからこそ世代が変わってもウケる。

 で、人の可能性を断ち切ろうとしたり、
バカにするようなヤツはこれを出せなくなる。
だから、ユーザーが求めるものは出しようがないし、
そうなると当然、小ヒットしかできない。



 ここで問題になるのは二点。
一つ、可能性と一口に言っても、どのような可能性を
再定義しなければならないか。
二つ、ゲームにおいてはどの角度から、あるいは
どのような点の可能性を掘り下げなければいけないか。

 ここらへんはじっくり詰めていくとしても、
主眼の方向性が見えただけでも気持ちは楽だ。

 ……まぁ、ムカつきはしているけど
収穫があったという意味ではまだ良かった。



 いや、それはいいんだけど、
音楽的なところに問題があるのは
ぶっちゃけ確かな事実だ笑

 何と言えばいいのか……
メロディーを作るのは楽しいんだけど、
伴奏をどうすればいいか、マジでわからねぇ。

 恐らく、音色の段階から
よくよく考え直さないといけないだろう。
音色を変えた時に、あれって思うほど
メロディーと伴奏が別れてくれない。

 ここがピコピコ音源で曲を詰めようとしていた人間の
泣き所だわな笑

 また、これが要するに打ち込みの問題なのか、
音色のチョイスの問題なのかとか
そういったこともよくわからない。
もっと言うと、伴奏側の問題か、メロディー側の問題かも。

 本当にわからないことだらけの中で
やっていく必要があるけど……
頑張るしかないよ!というのが結論になるわな。

アツい自問自答

  • 2017/07/26(水) 05:51:11

 キャラクターを深めるために色々と試行錯誤していたけど
まさかこんな単純なことだったとは……。

 人の製作を手伝う時は、色々な角度から
質問を投げかけるのが一番手っ取り早いけど
これは自分自身に対しての同じことだった。

 何か一個、適当な質問を出して
それへの回答に更に質問をして……と、
結局はこれに帰結する。

 あるキャラとの関係性とか、何がしたい人かとか、
そういった掘り下げる方向だとかを
踏み外さなければうまくいってる印象。

 質問を重ねれば重ねるほど、
これほどまでに曖昧なままスタートしようとしていたのか、と
戦慄を覚えるね。



 そんな訳で、質問を投げかける技術に関して
レクチャーしている本を読んだけど、
なかなか参考になった。

 何か新しいことができるようになった、というよりは
質問を投げる角度にバリエーションが増えた、
という方が正しいだろう。

 ただ、改めて「質問する」ということに対して
意識的になれたという意味では
純粋にお金を出した価値はあると思う。

 音楽も、改めて自分の曲を聴くと
「ダメだよなぁ」と思うことばかりだけど、
結局はここから自分にどう疑問提起して
自分が何を欲しているか発掘しなければいけない。

作劇

  • 2017/07/21(金) 07:27:12

 作劇的な意味で、どこで何をやるべきかということが
体感というか、気持ちの上で理解できてきた。

 ぶっちゃけ、後はもう勇気を出して
第一歩を踏み出すことが最速の道だと思う。
問題点があるとしたら、
「どこまで作り込むべきか」ということだろう。

 体験版は兼ねてより全体の1/4というのは
申し上げている通りだけど、
シナリオの見通しはどこまで付けておくべきか、
というのに悩んでいる。

 いや、結局のところ作らないといけない部分は
変わらないんだけど、早い話が
勉強を最後の部分までやっておくべきか、ということ。

 と言っても、勉強そのものはするだろう。
対になっている部分がある以上、
やはり最後まで構成を考えておくべきだと感じる。



 後は作品の骨髄として……
これを見るためにこれを買ったんだよ!という
故・ブレイク・スナイダー氏が「お楽しみ」と
称していたものを詰めないといけない。

 例えばワンピースだったら
ルフィが弱者を助けていくだとか、
進撃だったら版図を拡大していく巨人との戦いのアツさとか、
そういった要素。

 自分としては、どういったストーリーが描きたいかよりも
この主人公にはどんなものがお似合いか、を重視して
選別していきたい。

 ある種、人によってそれを探す方法論は異なるけど
経験則上、自分はセリフで探すのが手っ取り早いので
まずは適当に並べていこうと思う。

 例えば悟空で言うところの
「オラわくわくすっぞ」(正確には違うけど)みたいな
そういうセリフが出るまでひたすら。

 後はそれに沿って膨らませればいいので
そこまでが大事な勝負になるだろう。

まさかの

  • 2017/07/16(日) 07:11:34

 十年以上ぶりにコロコロを買った。
マンガとホビーをどのように組み合わせて
展開しているのかが気になったので。

 正直、この年になると
銭のにおいがすすけて見えるから
そこはあまり引っかからなかった。

 むしろ、コロコロ編集部としては
本当にこれを少年達に届けるべきだと思っているの?と
問いかけたいものが散見されるのは気になるところ。

 編集媒体として使われている感、どころか
ものによっては「宣伝させてやってる」ぐらいの
傲慢ささえ感じるものがあったが……。



 ただ、ホビーが絡まないマンガのクオリティの高さに
とにかく驚いている。

 何よりも、少年達に向けて
どういったものを提供しなければならないのか、
そこを鋭く意識している作家が間違いなく多い。

 それに加えて、見やすくわかりやすい。
最近色々な雑誌を読むことがあるが、
目線の滑らなさという意味では段違いと言っていい。

 また、卓越した作家になると
その話から読み始めても入りやすかったりする。

 これは本当に素晴らしいことで、
コロコロが部数を落とさない底力を感じさせる。

 一口で印象をまとめるなら、全体の水準が高いという感じ。
最低限のクオリティが保証されているというか。



 コロコロってのは小学校の中学年以下……
遅くとも小学校とともに卒業な雑誌という立ち位置は
今も変わらないだろう。

 なのに部数が落ちても80万まですぐに持ち直すのは、
抜けた分の頭数が確実に入ってくるということで、
踏み込んで言えば、常に求められているものを出している、
ということの証左だと断言したい。

 どんな少年に向けて、どのような視座で作品を作るべきか、
それならばこの手法はふさわしいか、ということを
作家・編集ともに常に厳しく追求しているからこそだろう。

 新規の若手層が買ってくれません、部数が落ちました、
じゃあちょっと対象年齢をあげますっていうのが
いかにイージーな発想かがよくわかる。



 改めてコロコロを読むことにより、
それでは自分はどのような人に向けて、
どうして作品を作るべきなのか、という視座を
また厳しく追い込む必要を感じられた。

 いつかは自分も少年達に向けて
ゲームを作りたいと思うけど、
今は別の層を見据えてしっかりと作りたい。

 どうでもいいけど、意外と女の子が多くて驚いた笑
自分が読んでいた時期は女の子とか居たっけ?
ぐらいの気がするけど……笑

 でもコロコロの名作を思い返すと
大概ヒロインが居たから、単純に印象に残っていなかった、
というだけのことだろう笑

原理を追い求めて

  • 2017/07/14(金) 08:03:07

 前回の記事から、もう少し引いた目線で
構成について色々と考えている。
全体で見て、各箇所の役割と言ってもいいか。

 例えば(連載形式のものは異なったりするけど)
多くの映画、あるいは構成について練られたマンガは
前半部分と後半部分を分けることができる。

 映画に関してはとりわけ顕著で、
意識して見れば、あぁこれだな、とすぐに理解できる
分水嶺のようなシーン・イベントが必ず用意されている。

 ミッドポイントと名前を付けられているように、
時間にして丁度半分ぐらいだから、
……まぁ何か見る時の雑学程度に。



 ここまではいい。誰でもわかる。
早い話、前後半にわけますよ、というだけのこと。

 今とにかく考えているのは
前後半に分ける意味って何?ってこと。

 前後半で重みが~とかまぁ相違点はいくらでもある。
なんで前半でエンジンかけないの?って話。

 もう少し踏み込むと、1幕と2幕後半ってのは
主人公に対しての構成上の役割が非常に似ている。
結局は、何かを捨てさせて前に進む決断を促す。これ。

 で、なんでそれ2回やらせるのだろうか。
それこそ、ラスボスからめたくそにされるのを1幕で済ませ、
最後まで駆け抜けるという考えもあるはず。



 細かいことはさておき、2つにわける必要性は痛感している。
種々の経典・神話等がこの構成を多くとる以上、
何かしらの絶対性がある。
何千年も生き残ったものには敬意を払うべきではないか。

 絶対に今までの歴史上、アホの考えで
別の構成をとったものもあるだろうけど、
それが生き残っていないことを考えると
理由の発掘にはしがみついていきたい。

 ある程度は言語化もできてきたし、
もうあと数押しという体感はある。



 ここまで言っておいてアレだけど、どれだけ考えても
「そのメディアで求められていないもの」を出しても
ムダなのはしっかりと理解している笑

 ゲームやマンガで文学的なことやっても、
絶対にウケるわけがない。

 結局はキャラクタの掘り下げ。
白泉社社長、鳥嶋和彦氏の言うとおり。本当に。



 そこらへんを加味してまとめると、
「キャラクタを掘り下げるという一点において
構成の各パーツが持つ意味合いを考え直していた」と
こういった表現が適切かもしれない。

 そして、それがようやく見えてきた、と。
もちろん、ゲームシナリオにおいて
という但し書きが必要なことは言うまでもないけどね。

 マンガ・映画に倣い始めた時期と
RPG凋落の時期が大体同じなのは
よくよく考えるべき事案だろう。

イベントを組んでいて

  • 2017/07/11(火) 19:54:58

 自分の場合、キャラクタ性を深めていくには
テキストを考えていくのが手っ取り早いと気付いたから
シーンの草案を組んでみたら「ヤバイな」と思った。

 もちろんこれは悪い意味。
マンガ・戯曲のノリでテキストを書くと
明らかに冗長なのがわかって
抜本的な考えの転換が必要だと感じている。

 一応、想定しているイベントの最長時間……
Aボタンを押して文字を読むだけの時間は
長くても2分程度に収めようと思っている。

 その中で、各キャラの目的と対立を描き、
最終的な主人公の動機を戦いに持っていこうとすると
どうしてもそれをオーバーする。

 一言で言えば「まだ続くの?」という印象。
最近のゲーム全般に言えることでもあるけど。



 「大体ここらへんの長さで切らないとヤバイな」と
感じたのが大体600~700字ぐらい。

 草案は全部で何字ぐらいあるか調べてみたら、
おおよそ1400字だったので、そうとうヤバイ。

 しかも、一旦移動などを挟ませても
確実に長いと思われることを考えると、
主人公とプレイヤーの目的を作ることに対して
回り道がすぎると言ったところか。

 そうそう、1分間で読める文字量を調べたら
400~600字らしいので、そういう意味でもダメだわな。



 じゃあどうしようかと色々と考えた結果、
RPGにおける探索の意義がようやく掴めてきた。

 ゲームシナリオにおいて、探索で作っていかないと
どうしても無理が生じる部分が見えてきたとも。

 そこをムリヤリ通そうとすると、
イベント過多というか、そんな感じになってしまう。
もしくは文字数を削りすぎて無味乾燥となるか。

 そこら辺を改めて見直したいのもあるし、
DQ5、FF6、クロトリをやり直したい……。

衝撃

  • 2017/07/10(月) 00:34:25

 正直、ドラクエ11の新情報を見る度に
堀井雄二氏は大丈夫だろうかと心配になっていた。

 特に、ヨッチ族を「体」と表現していたところで
「ふっかつのじゅもん」を生み出していた、
素朴な手触りを生み出すセンスは
枯れ果てたのかもと思った。

 もちろんそこは若手が考えた部分だろうけど、
直さず通したという一点で気がかりではあった。

 ただ、ゲーム側が用意した縛りプレイで
氏が直々に作った部分を見てそんな考えは吹っ飛んだ。

 「恥ずかしい呪い」ってこのセンスよ笑

 ドラクエにあった素朴さ、人間臭さが
一気に香り立ってくるこの表現!

 若手には悪いけど、買い物できないだとか
装備できないだとかは全部作り直した方がいいと思う。
かわいそうなぐらいクオリティが違う。



 ドラクエ11がどうなるかはさておき、
12は若手に任せるだとかそんなことはさせずに
氏が最初から最後まで直々に作るべきだろう。

 近くで作品が組み上がっていくのを見るだけで
若手の勉強になることは間違いないんだから、
そういった方向で育てた方がいいと感じる。

 もちろん近くで「なぜ、どこをどう直したか」を解説をする
ブレインみたいなものが必要になるので
また別種の難しさは出てくるだろうけど……。



 ぼちぼち国産RPGを生み出してきた
第一世代と言える諸氏が安心できるように
新しい世代が台頭しないといけない。

 出過ぎたことを考えていいなら、
やはり自分が、と言いたいところはある。

 ただ、今はチェスにハマってしまって
行くぜ!という気持ちになれない笑
いや、笑とか言ってる場合じゃないんだけど笑