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よろしく2018年

  • 2018/01/01(月) 06:55:53

 昨年12月にこみあげていた憎しみや苦痛は、
焦りからきていたことをようやく理解できた。
何に由来しているかがわかれば、もう怖くない。

 私的な話になるのであまり多くは語らないけど、
ある時期までに完成させてヒットさせられたら
人と会う時にいいカッコができると意気込んでいたのだ。
これが焦りに繋がっていた。

 だからこそ今年の目標は、社会的な変化を求める気持ち、
そこに向ける熱量、スピード感を極限まで削ぎ落とす。

 もちろん目的はそこを削ぎ落とすことではなくて、
歩みを進める時の、その感触を味わうことにある。

 もっと踏み込んで言えば、何を作りたいかよりも
何を感じたかをより考えるだろう。

 それも積み重ねて答えを見つけるのではなく、
直観で答えを掴み、その理由を思索で明らかにする……
その中の掴むというプロセスに時間をかけたい。



 また、構造面に関しての思索はほぼ終わっていて、
あと残すところは最後の最後、物語上における変化は
具体的にどのようなものか……ということぐらい。

 死ぬほどの難問だけど、とりあえずこれはさておき
作る上で大切になる点を先に考えたい。

 ここからのキーポイントは、主人公の何を広げていくか。
構造面の、もう少し踏み込んだところへの
アプローチをかけていきたいと思う。

 いろいろな作り方はあるけど、お話の構造を考えて
それが主人公に合うかどうかを考証していくのは、
自分の場合はナシにしたい。

 あるいは、主人公に対しての認識を深めていって
それに合うお話を考えるとかも何かが違うように思える。

 これはとても曖昧で誤解が生まれるだろうから
あまり多くは言えないけど、どうにも上の作り方だと
主人公が広がっている感じがしない。

 成長するとしても、広がるではなく
お話の中で成長を与えられた感じを覚える。

 お話云々以前から主人公に備わっている何かを広げ、
その道筋として便宜上、お話だとか
あるいは動機だとか言うべきだと思うけど、
じゃあ何を広げていけばいいのか、
今これをじっくりと考えている。

 インプットと瞑想の往復になるだろうけど、
まぁ焦らずにやっていこう。

おおみそか

  • 2017/12/31(日) 22:49:54

 今年はひたすら勉強と思索の年であった……!
体感的には、目先の数年を捨てて
しばらく先の数十年をひろったように思える。

 あんまり言い訳をしてもしょうがないけど、
ビギナーのうちはそれでいいと割り切っている。

 例えばの話で……
「自分は小説が好きでたくさん読んできたし、
ふだん毎日ことばを使っているから
いきなり長編小説を書いても問題ないだろう」
という発想が、いかに愚かしいかはわかると思う。

 これは交響曲も映画脚本もマンガも、ぜんぶ同じ。
当然ゲームシナリオも同じ。

 ゲームシナリオに関しては、業界や手法が未成熟で
そもそも何が正解かわからないという別の問題があるけど、
20時間だとか30時間のシナリオを書こうとしたら
それなりの技術が要求される点では他と同じ。



 小作品を重ねろと言ってる訳ではない。
短編と長編に要求される技術は全く別なので、
小さいものを重ねても意味がないとは言わないけど、
そこまで効果的だとは思わない。

 要するに、勉強をするべきだと、そういうことである。

 勉強するより作ったあとで学んだ方がいいとか、
作りながら勉強する方がいいという意見もあるけど、
それは好き好きだろう。

 ただ、作ったあとで勉強するとか、
作りながら勉強するのは、そんなのは当然で
ことさら強調されることではない。

 また、市場に出す作品がコケるということの重みと、
「何があって」「どの瞬間に」コケることが確定するのか
よく理解してから語るべきだとも感じる。



 いろいろと勉強したかいもあって、
「作品で何を表現したいのか決めないとしょうがない」
という段階に迫ってきたように感じる。

 本当にあともう少しだけど、
どうも疲れや怒りが蓄積して足取りが重い。

クリスマス

  • 2017/12/26(火) 19:46:52

 おとといから今さっきまで、この前steamにて買った
Rogue Legacyに熱中していて、気がついたら26日だった。

 クリスマスとかあんまり意識することないわ~とか
何でもいいから更新がしたかった。

 こういったイベントに触れないと
ガチで社会からあぶれていく感じがするので……。



 Rogue Legacyを大体20時間ほど遊んで
成長要素はほぼコンプリート・かつ2回クリアしたけど、
ローグライクアクションというよりは
アクションRPGにローグ的な要素をくっつけた感じ。

 キャラクタに成長の要素があり、
装備品をダンジョンに入る前に調達できるようにすると、
手触りが普通のアクション寄りになっていくのだろうか。

 ローグっぽさはダンジョンの自動生成というよりは
落ちているアイテムのランダム性とか
最初は空手の状態から、というのに起因するかも。

 ダンジョン内で変わることと言えば、形状そのものと
ちょっとした効果(針を踏んでもダメージを受けない等……)の
スペシャルアイテムぐらいなもの。
それも別にもらわないでも問題ない。

 一応プレイヤーキャラクタの特徴が変わるけど、
安定行動はほぼ変わらないから
立ち回りも大きくはブレない。

 ゲーム自体は非常に面白いし、
また0から鍛え直したいなと思うからオススメではあるけど笑



 体感的に、代を積み重ねていくのは面白い。
ロマサガ2にも近いことを感じた気がするけど、
回転が早いから、より実感があるように思える。

 ゲームらしいシナリオに関してずっと考えているけど、
やはり代の積み重ねもそうなんだけど、
蓄積というのは一つのキーワードになるのだろうか。

 ただ、問題になってくるのはもう少し根本的なところで、
自分が何を表現したいのか、ゲームで何をすれば
「しっくりくる」と思うのか、ということである。

 これに関しては非常に長くなってしまいそうだから、
いつか考えをまとめてから書きたいと思う。

 あぁ、年内には作り始められるだろうとか思っていたら
もうこんなに年の暮れがせまっている。

 本当、自分はだめだとか、いっそ妥協してしまおうかとか、
そういった弱さとのせめぎあいの日々が続いているけど、
何とかして押し勝たなければ。

一日の選択肢

  • 2017/12/22(金) 18:43:52

 思うに、一日のうち「決断できる回数」というのは
明確な天井があるように感じる。

 モノを作る人間が仕事をするとダメになりがちなのは、
決断する回数を仕事の方に割り振ってしまうからだろう。

 決断などと言うと誤解があるけど
「もう少し考えよう」というのも、一つの決断で、
考える時間を伸ばすとただ疲弊するだけというのは
まさにこういうことだと思う。



 なんでいきなりこんなことを言い出すのか、
それはsteamでウィンターセールが始まったから笑

 本当にもう決断・選択の連続で……笑

 作品を考える時間だとか、本を読む時間がほしいからこそ、
やっぱりこういうのは早くに決断しないとダメだ。

 「俺なんかどうせ……」に浸るのが楽しいように、
迷うのは楽しいから、さっさと切らないといけない笑



 ウィッシュリストのものを洗い直したり、
これは買わないだろうなぁというものを切ったりして、
恐らく外すことが少ない判断基準を自分なりに見つけた。

 まず一つはレビュー数。
購買層により多少は前後するものの、
1万件ほどレビューがあれば内容量は保証されると感じる。

 もう一つ、レビュアーのプレイ時間。
1桁台が散見されるならあまりよくはない。
作り込みが浅く、買い捨てと言えるゲームが多い。

 個人的には、パッと見た印象で
少なくとも20時間は遊ばれているゲームが
足切りラインかなと思う。

 アクションにはそれぐらいのリピート性が欲しいし、
そこが弱いRPGでも、最低限の作り込みを考えると
20時間は「遊べないといけない」というラインだろう。

 これを加味した上で何を買うか決めてわかったのは、
このラインは意外と厳しく、自分のPCのスペックを考えると
予算の中で迷うことはほぼなかった。
ありがとうCeleron!

 ……遊んでもいないのでタイトルをあげるのは
いかがなものかと思うけど、今回買ったのは
Spelunky、Rogue Legacy、Risk of Rain、片道勇者、
Enter the Gungeon 全部ローグライクだぁ……

 ちなみに、今までにsteamで買ったゲームで
20時間以上遊んだのはCrypt of the Necrodancer……

 我ながら、とてもわかりやすい傾向だ笑
いつか何でこんなにローグライクが好きなのか
文章にして、製作時の肥やしにしたいと思う……笑



 そうそう、RPGの移動に関してある程度見えてきた。

 ワールドマップがあることにより、
シーンに対してのアプローチが大きく異なってくる。

 例えば、内乱状態の城が
荒野の中にあるのか、花畑の中にあるのかで
おもむきというものは全然違ってくる。

 要するに、その場所・シーンが
空間的にどういったものの中にあるのか、ということを
ゲームはかなり意識させることができる。

 あるいは○○の街と地理的にどういった相対性があるのか、
何を経由したらそこに至るのか、というのも
シーンに対してのアプローチになる。

 (ドラクエ7の失敗はまさにここらへんで、
空間的なバリエーションのなさが平坦さにつながっている。)

 これはもう少し踏み込んだ説明が必要になるけど、
長くなるのでまた今度。



 また、その場におけるセリフが順不同になることだけど、
これはもう小説の地の文として捉える方がいい。

 脚本上の単位で……景にあたるものを
ひとまとまりにして、おおまかな地の文を作ると、
そういった感触になるかもしれない。

 もちろん作りが小説に寄るんだから、
シーンの展開・解決の方法も考えないといけない。

 恐らく、ドラクエから何も進歩していないのは
(あるいは、RPGシナリオの味を落とす原因になっているのは)
ゲームなりのシーンの展開・解決の方法だろう。
今はそこら辺を考えている。

 そこら辺も含めてひたすら読書をしたいけど、
年末年始、ほぼ休みなしのこの辛さよ……!

ちっげぇよ!

  • 2017/12/19(火) 19:55:18

 移動に関してずっと悩んでいる。

 ドラクエ4のテキストを見て、
間をあけすぎたり、順不同になることで
こんなにも意図がボヤけるのかと。

 テキストだけを見れば、いかに4章のテキストが
マーニャを奥深くしているかがよくわかるけど、
移動・戦闘の関係で味が如実に落ちている。

 それに対してどう対策を講じるか……
どうやってうまく順序立てようか考えていたけど、
それは大きな間違いであったと感じた。

 ゲームの大きな特徴である順不同を活かして、
「だからこそ」というものを発掘しなければいけない。

 いかに順番をカッチリさせるか、
いかに順序立てるか、というので勝負すると
必ず既存のメディアに押し負ける。

 それで戦おうという考え自体が保守的であり、
荒野を開拓しようとする人間の発想ではない。

 既にあるもの、誰かが作ったものだけを信仰して、
自分が何かを生み出そうという人間の発想ではない。

 それでいいという人もいるかもしれないけど、
自分はひねくれ者なところがあるので、
先人におんぶに抱っこはイヤなのである。



 ただ、じゃあフリーシナリオにしようだとか
そういうことではない。

 確かにオープンワールドはウケているけど、
それは決してフリーシナリオでウケているとは思えない。

 あれは情報量の海を作って没入させることで
面白味を作っているように感じる。
まぁそれは別にいいんだけど……。

 結局どういうことかというと、
先日の記事との絡みで……
どうやって順不同を緊張に至らせるか、
ということが焦点になる。

 ここで難しくなるのは、
プレイヤーにとっては順不同じゃないこと。

 受け取った結果が正式な順番になるので、
よく考えないと「情報を受け取る」という行為自体に
安定感が出てくる。あるいは、出てきてしまう。

 また、それはあくまでも「受け手がそう思う」だけであり、
そこにあるものを明確に掘り起こすための
正式な順番ではないし、難しいのは正式な順番を作ると
一気にゲームとしてダメになっていくこと。

 ……冒頭で述べたことのループになっているけど、
とても大事なことだから問題ないか笑



 とても逆算的な発想で冷たく感じるけど、
やはりラスボス、最後の戦闘にあるものこそが……
「最も解決・安定した」状態にならなければダメだ。

 つまるところ、戦闘の中でそれまで積み上げた
(具体的には、前のイベントから積み上げた)
緊張が解決しなければならない。

 そうなってくると移動・モブの会話というものは
もちろん緊張になる必要がある。

 じゃあそれはどういうことなのか……
今そういうことを考えている。

 ポイントはやはり、順不同であること、
移動によりテキスト的には大きな間ができることだろうか。

 何がプレイヤーの中では確定していて、何が確定していないか、
ということも大きなヒントになるかも。

 また、解決・安定とはどういうことかになるけど、
これは主人公に寄り添わないと、恐らく発掘できないだろう。

 緊張・解決と言っても、結局はシナリオ上の意味、
主人公の価値観に対しての働きの側面になるので……。



 何にしても、移動が持つデメリット、
間があいてしまうデメリットを
飲み込んでやろうという気持ちになったので
そこまで悲観的ではない。

 要するに、強烈に解決したい、早くイベントを起こしたい、
主人公がどうなるかを見たいと、
能動的にそうさせたいと思っている。

 ペナルティを付けるのは論外だけどね笑
アレはよくない……笑

緊張

  • 2017/12/16(土) 19:18:57

 日本のRPGの淵源は間違いなくドラクエにある。
そして、そのドラクエはウィズとウルティマの間の子
というように言われているけれど、
思うにウィズ成分の方が強い。

 非常に遠いところから埋めていくけど……
ラストダンジョンに行けるようになった後、
あるいは全てのサブイベントを消化して強くなった後、
もったいなくなってゲームをやめたことはないだろうか。

 自分はどちらかというとそればかりで、
むしろ流れでクリアできた方が少ないレベル。

 どうしてこういった現象が起きるのかと考えていて、
緊張と解決に対する作りの甘さという結論に至った。

 なお、緊張という言葉には色々な意味があるけど、
この記事では音楽で言うところのドミナント、
解決を求める力が発生している状態を指す。

 かなり飛躍してしまっていて申し訳ないけど、
ウィズにおける緊張と解決とは何なのか、
それこそがクリアできない病の根源にあたる。

 そしてそれを明らかにすれば、
いかに現状のRPGがダンジョンRPGと変わらないか、
シナリオを取ってつけただけのものなのかが明らかになる。



 先に結論を言わせてもらうと、ウィズにおける解決とは
「先に進めることが確定した時」であり、
「版図の拡大、あるいは準備」が緊張にあたる。

 レベル上げが楽しいのは、これこそが
「版図の拡大のための準備」であり、緊張であり、
解決・安定に向かった動きだからと
言い換えてもいいかもしれない。

 ここでポイントになるのは、
実際に先に進んだ時が解決ではないということ。

 例えば、次の街へ向かう時に資源ギリギリで着く時と、
しっかり鍛え、余裕で着く時とでは体感が全く違う。

 前者はたどり着いた瞬間でないと「確定」しないけど
後者はレベルを上げきった時点で「確定」している。
だから、後者においては移動そのものは
なんの緊張感も持たない。ダルいエンカウントが続くだけ。

 これを敷衍し、最後の最後でゲームを投げるとは、
ラストダンジョンに潜る前に踏破が確定して、
ラストボスを倒す前に倒せることが確定するからだろう。

 ラストダンジョンでだけこの問題があらわになるのは、
それまでは「目的地の次の目的地へ進める保証はないから」に
他ならない。



 結局ドラクエに始まるJRPGの流れにおいて、
ゲーム性という意味での緊張と解決は
グラフィックス・場を変えただけでしかない。

 それがダンジョンなのか、街と街をつなぐフィールドなのか、
根本的なところでは何も変わらない。

 手酷く言うと、面白いんだからいいじゃないか、
ここまで遊んでくれたユーザーは目をつぶってくれる、という
自堕落な考えに染まった結果と言えなくもない。

 脚本もゲームも、クライマックスで地力がわかる。
意図的に緊張を作っていたのか、そうでないか。

 ちなみに個人的には、ラストボスを倒したところで
踏破するものが何もない以上、
ダンジョンRPGの延長線上で作っている現状では
ラストボスを倒す面白さは皆無であるように思う。

 もちろん、ワードナーに関してもそう感じる。
倒せるまで鍛えたらその後はオマケ。

 それまでのボスを倒すのは版図の拡大への保証だから
ユーザーに与える心理的な意味合いは大きいけど、
ラストボスは意味合いが全く違うのはよく認識されるべきだ。

 また、ラストボスはシナリオ要素が……と言われるものの、
そこを解決しなければ劣化映画、劣化マンガである誹りは
決して免れることができないだろう。

 そのための緊急対策が周回要素であるように思うけど、
クライマックスがクライマックスとして機能していない、
という問題は何も解決していない。

 これはもちろん、出られないラストダンジョンだとか
最後の最後で街が壊滅するというのも同じ。




 要するに、これからの国産RPGは、
ゲーム全体……いや、移動という行動が持つ緊張と安定を
脚本とキッチリすり合わせないといけない。

 もしかしたら、まずはライターが脚本における緊張とは
どこから発生するかを考え直すことからだろうか。

 緊張とは対立・葛藤とは言うものの、
それにもレベルがあり、引き込まれる葛藤とは
「何が発生しているのか」を、よく研鑽されるべきだろう。

 自分がなぜそれを感じているか、ということを
改めて問い直すのは非常に難しい。

 質問の名手の子供でさえ
「どうして僕は怒っているの」などと聞きはしない。
「なんで私は怒ってると思う?」と聞く人種は居るけど笑

 だからこそ、自分はゲームの移動、
ワールドマップに何を感じているのか、この難問を
深く研鑽しぬいていきたい。

 意訳すると……製作はまだまだ時間がかかりそう、
ということになるだろう……笑

物欲

  • 2017/12/12(火) 09:04:22

 急に金回りがよくなることがある。
そういった時にとにかく悩むのは、何を買うか。

 最も理想的な品物があるとしたら、
映画と小説の違い……あるいは、映画とマンガの違い……
といった、対比論でそのメディアを分析している本。

 こういった気の利いた本は、残念なことにあまりない。
これさえあれば、対比で見つけた隙間を分析しながら
ゲームシナリオとは何かにアプローチしていけるが……。

 では順当に構成術の本を買うかと思ったけど、
故・ブレイク・スナイダー氏、ロバート・マッキー氏の著作で
もういいかなと思った。

 他の人の本を色々と図書館で借りてみたけど、
触れた技巧が正当になる原則まで踏み込まずに
「これを使いましょう」と、これで終わることが多く、
あまり参考にならない場面が多くなってきた。

 何にしても、構成術は上二人の本を読めば
間違いはない……というか、恐らく翻訳されている本で
この両氏の本を上回るものは出ていないだろうし、
なかなか出ないだろう。

 そうそう、近々ロバート・マッキー氏の本をレビューしたい。
原則にかなり踏み込んでいる分、
噛み砕くのに時間がかかるけど……
とにかく有用だ、ということは保証できる。



 何を買うかについてだけど、色々と悩み、
もう少し貯めてCPUを買うことにした。
DTMを快適に行いたいのだ。

 ソケットがLGA1150なので損な気もするけど、
マザボ・メモリを新調しようとすると
貯めるのに時間がかかりすぎる。
新品もろもろ5万で済むところが、10万必要になるのだ!

 DTMを快適にするとは、要するに
「ゲーム音楽の製作を段取りよくしたい」ということで、
体験版を出した後に新調……というのは、バカバカしい。

 しかし「LGA1150なんてもう……」と思っていたけど
まさか定格4Ghzのものが出ていたとは。

 Pentium4が到達することのなかった……
いや……古すぎるか笑

 とにかく、お金を貯めてCPUクーラーもろとも新調したい。
Celeron G1840ではさすがにもう厳しいんだな、ということを
体感でも感じるし、調べてもわかった。

 そして、スレッド数という概念をようやく理解して
4倍のスレッド数を持つi7ってヤバイ!?って
ホント……今にして戦慄を覚えている笑



 そうそう、三島由紀夫の文章読本で
小説と劇・映画の違いにチラッと触れているよ、と
引用・参照しているブログを見て驚いた。

 小説は言語の抽象的な性質を扱っているので、
世界に対しての認識のしかたが異なってくる、と。

 これだ、と震えている。
いや、まだ漠然としか理解できていないけど、
知るべきことの方向性は
間違いなくここであったように思う。

 具体的な性質……表情・声を持つメディアは
そうでないものと、人間をつかむ時の指向性が違う。

 映画・ドラマは演じる人間が居るから、
もちろん役者の声があり、更に表情に寄れる。
これほど具体的なものがあるだろうか。

 対して、小説・戯曲は声がない。そして、表情もない。
恐らくこうだろう、というものは示すけど、
あくまでもそれは抽象的なところにある。

 ゲームにおいて、ADVが早い段階から存在したのは、
あるいは一世を風靡し、特定の業界を築いたのは、
これは偶然なのか、いや偶然ではないはず。



 早く早くに文章読本を読みたい。
抽象的な性質から何かに迫っていく人間の発想は
まず間違いなく血肉になる。

 まさかこんなところから啓示を得られるとは……!

 今思うのは、図書館さまさま……ということだ笑
他に気になっている本もついでに借りられる笑

 こうやって節約をしたり、物欲を解消していけば、
CPUを買える時期も早まるというもの。

いいぞ

  • 2017/12/09(土) 08:29:07

 思うに、既存の物語・メディアの中で
RPGが真似すべきは戯曲・舞台であると感じる。

 しばらく前からしつこくしつこく
映画と舞台の違いについて調べていたけど
だんだんそれがわかってきた……。

 大きく違うのは、やはりシーンを駆動させる力というか、
何をやりとりさせるかであるように思う。

 映画・マンガは当然、
表情による演技・やりとりが基本になるけど
舞台・ゲームは動作というか、動きと言うか、
そういったものの方が強いように思う。



 具体的に言えというと厳しいが……
例えばドラクエ5の冒頭は、パパスが右往左往する場面で
何かを語るわけではない。

 動作が先に立ち、その後のサンチョのセリフで
そこにある気持ちが明らかになる。
もちろん、セリフとしては語られないけど。

 こういった表現の方が、舞台・ゲームの場合は
より奥行きが出てくるように感じる。

 「大丈夫だろうか……どんな子が産まれるか……」
などと、セリフで説明したり、
あるいは表情で演技させようとした時に
どういったものが待ち受けているかは言うまでもないだろう。

 また、パパスが主人公を抱きかかえることにより、
そこで初めて産声をあげて「産まれた」ように見せている。

 抱きかかえる、という動作に対してのリアクションが
非常に深い意味合いを持つのだ……。



 よくドラクエとFFの違いとして
主人公がしゃべるかしゃべらないかとか、
イベントシーンに割く尺の違いが挙げられるけど、
実はもう一つ大きな違いがある。

 何かに対して動作をする時に
ドラクエはコマンドを選ばせるけど、
FFは1からワンボタンで処理できるようにしている。
1だけにね!

 もちろんドラクエも5あたりから
ワンボタンで処理できるようにしているけど、
話す、調べる等のコマンドをまだ残しているのは
上に挙げたように、動作が何かしら
強い影響を与えるように感じているからではないだろうか。

 また、ドラクエの主人公をしゃべらせない理由は
「自分自身の物語の演出」というよりも、
動作へのクローズアップという側面が強いように感じる。

 仮に「キミの物語」を演出しようとするならば、
間違いなくオープンワールド的な……
まぁ、本場のRPGの方が強いし、より適切であるように思う。



 じゃあ舞台とは何が違うかが問題になるけど、
まずは情報量を落とした部分と
増えてくる部分を見ていくべきだと思う。

 情報量が落ちた側面で言うと、
キャラクター・声・動作
ここらへんが「抽象化」あるいは「記号化」される。

 また、視覚的には立ち位置の情報量が増えるし、
そうなると当然キャラクタの配置・移動が
変化する情報のメインになってくる。

 FF6のシーンの組み立て方は非常に映画的
(特に、カット割りの多様)だけど
それが「ゲームのシーン」としても感動するのは
そこら辺を大事にしているからであると思う。

 フィガロ兄弟のコイントスの回想では、
「去っていく」マッシュのシーンを
複数つなぎ合わせることにより
多くのことを表現しているように思う。

 また、ダリルの墓の回想では
セッツァー・プレイヤーが「降りていく」ことにより
何があったかを思い出していく。

 3D化してディテールの情報量を増やしていくと、
どうしても移動・立ち位置の情報量が
相対的に減っていくし、変化の表現は
表情・カメラで何とかしたがる。

 そうなっていくと「なんか違うな」
という体感になっていって……
まぁ、よろしくないことになるのは言うまでもない。



 加えて、あまり指摘されないけど
やっぱりメロディーラインが持つ力は強い。

 これも3D化したり声を付けることにより
メロディーを抑えていく必要があるので、
どうしてもパンチが弱くなっていく。

 SFCの頃は音楽が良かったと言われるけど、
恐らく使用できる音数の関係で、
タテ軸はメロディーメインの構成になるから
……というのもあると思う。

 曲全体というヨコの面から見ても
容量の関係でそこまで長い曲にできないし、
そうなると頭からおいしくする必要があって
それがよく転じたというのもあるだろうけど。



 とにかく、シーンの構成に関しては
なんだかだんだん見えてきた。

 問題はじゃあ、主人公が移動する理由、
舞台を広げる理由……
そして、それを間延びさせない仕組み。

 早い話、主人公の移動・舞台の拡大が
「本質的には何を表現しているのか」を
きちんと把握したいと存じ上げます……。

わからん

  • 2017/12/08(金) 16:06:03

 全くわからん……RPGの良さが全くわからん……。
ちなみに、ここでいうRPGはドラクエ型だと思ってもらえると
とてもありがたい。

 RPG特有で、基本的に求められる要素として
移動、上からの固定視点、LV性……が、ある。
大体ここらへんを外すと別物として捉えられる。

 視点・LVはまだいい。問題は移動。
これがめちゃくちゃ厄介。

 脚本において、ただ目的地に移動するだけのシーンは
ほぼ確実に「ムダ」と断定される。

 早い話、シーンを作る際のイロハのイ、
対立・葛藤がなくなるわけだ。



 そもそも、シーンとは何かを考え直すため、
ドラゴンボールのナメック星編を読み返したけど
これやべぇ……。

 いや、連載開始の第一話もヤバイけど、
ナメック星編のシーンの構築のしかた、
全体を通した「順序の構築」がヤバイ……。

 読み返せば読み返すほど
もはや芸術の領域と表現したくなるし、
鳥山先生に土下座したくなる。
これほどの作品を世に出してくれたのかと。

 シーンが解決に至るまでに
他のシーンを絡めたり入れ子にして
……俗に言う、カットバックとかいうヤツらしいけど、
それが物凄い独特の効果を生み出している。

 また、技法による純粋な緊張感だけでなく、
シーンの順番、ちょっとしたカットの挿入により
ベジータというキャラクターの奥行きやら
悪人を絡めたテーマの立ち上げを深くしている。

 とにかくヤバイの一言に尽きる。
あぁ、シーンの作り方を勉強しようと思ったけど
今回もムリだったわ笑



 そして、これを正確にキャッチしている
大衆に対しても頭が下がる。

 よく子供向けとか単純とか言われるけど、
市場はそんな戯言を一切寄せ付けずに
いいものをきちんと良しと評価している。

 こういった人々・市場に対して作品を作れるのが
何というか……とてもありがたい。

 正当に評価できる人々に見てもらえることほど
道楽者にとって嬉しいことはない。

 正直、ゲームのシーン構築のしかたは
全然わからないけど、そこら辺の気持ちは
とても晴れやかだ笑

超すごい難問

  • 2017/12/03(日) 12:42:56

 シナリオの骨格というか、
三幕構成に関してのある程度の解釈は整ってきた。

 いつ、どの段階で、どのキャラに何をして
どうやって変化を表現するべきなのか……
自分の中で疑問であったことがほぼほぼ氷解している。

 戯曲だとか、映画・マンガのシナリオであれば
あともう少しで書き出せる、という段階だろう。

 ただ、ここで問題になってくるのは
RPGとしてシナリオをどう演出していくか、である。

 ……三幕構成に関しての考察、あるいは
戯曲と映画、ないしマンガを対比した構成の考察は
今あるものをひたすら分析し続ける作業であった。

 ここから問題になってくるのは考察・分析ではなく、
問題点は何か、そしてどう解決するかであり
これはゲキヤバな難問となってくる。



 そもそもを考え直そうと思って
ゲームの歴史を辿り直しているけど、
やっぱりウルティマになるか。

 ウルティマからドラクエに変換された時に
何が起きて何が付き、何が切り捨てられたかは
じっくりと考えたい。

 セールスというのはさておき、
そのジャンルを確固たるものにした作品は
まず間違いなく何かを持っている。

 それが何かをじっくりと考え、
見下ろし型かつ、シナリオを見せるRPGが
何を求められているのかを研究していきたい。



 ……本当にどうでもいいけど、
シナリオが評価されているゲームって
時間の流れを感じさせる要素や
タイムトラベルという要素があったりする。

 クロノトリガーなんて顕著だし、
ドラクエ123の流れはよく言われるだろう。
妖怪ウォッチ2もシナリオはタイムトラベルものだ。

 評価はさておき、個人的に印象深いロマサガ2も
何百年に渡る時間の流れがある。

 で、ウルティマ1と2を見て驚いたのは、
この段階からタイムトラベルの要素がある……。

 もしかしたら、見下ろし型のRPGにおいては
大きな時間の流れというのは
めちゃくちゃ大きな要素なのかもしれない……。