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先達の意見

  • 2016/09/29(木) 19:09:20

 昨日、AUTOMATIONというポータルサイト?というか
洋ゲ―、インディーゲーの情報やら
ゲーム開発者へのインタビューが集まるサイトで
東山朝日という人のゲームデザイン論
講義が特集されていた。



 先に言っておくと、同サイトで「スパイフォー」という
VRゲームとボードゲームを合体させたゲームが
別記事で紹介されており、そちらの方が興味を引かれた笑

 そのゲームは4人必要というので、自分のような引きこもり、
友達が居ない人間には厳しいが、大変面白そうである。

 しかしゲームにしても、あるいは他の作品形態にしても、
必ず現実の何かを抽象化する必要がある。
それに成功したら面白い、素晴らしいと言われる。
多少調整やレベルデザインの粗があったとしても。

 スパイフォーの記事の中で「だるまさんがころんだ」と
書いていたが、これは本当に素晴らしい指摘だと思う。

 スパイフォーにおいては、だるまさんがころんだ、に
はじまる遊びを抽象化して、面白い部分だけを抽出し、
それを増幅させるルールと世界観をきちんと作れた……
ように見えるからこそ、面白そうに見えるのだと思う。



 まぁそれはさておき、リンク貼った記事について
自分なりに思うこと。

 個人的には、27種類もリスト化できた、というのは
リスト化における失敗であると感じる。

 その直後にも書かれていることではあるが、
面白いと感じることを分析・分解・抽象化する必要がある。

 27種類、というのは、ハッキリ言って多すぎる。
まだまだ分解と抽象化が必要なのではないだろうか。



 また、面白いという感情を呼び出すための仕組みとして
じゃんけんを引き合いに出すならば、
もう少し他の選択肢との差別化を図るべきであった。

 ちなみに、これを踏み込んで話すことが出来るのが
元HAL研、カービィの産みの親の桜井政博さん。

 恐らくあの人は、じゃんけんが使われる理由、
他の選択肢に比べて「面白い」と思われる理由、に、
平等性などに加えて「対人間の読み合い」が
キモになるとまで言ってくれるだろう。

 しかもそれだけでなく、じゃんけんのゲーム性を
より一歩踏み込むための機能もよく考えている。
で、具体的にはLSDのムシキングにて
「報酬の変動」を設定した。麻雀のドラ……みたいなもん?笑

 この場ではパーで勝ったらダメージ2倍!
みたいな仕組みを組み込んで、面白さの核である
「読み合い」を一歩深めた。

 そういうことを意識的に出来るから、
カービィもスマブラも大ヒットコンテンツにできたのだろう。



 あと、ゲームデザインにおいては実体験を重視するべきで
(正確には、肉体的な感覚と言うべきだろうか)
「映画を見た時のドキドキ感」などは、
出来る限りその大元にしないほうが賢明であると思う。

 映画がドキドキするのは、作り手が時間を支配できる
という前提に立った演出・脚本による妙であり、
そこの時点で映画とゲームは根本的に違う
ということは留意しなければならないだろう。

 カットバックに着想を得てレベルデザインを行った、というが
あれはゲームの黎明期から存在するやり口、
「あちらを立てればこちらが立たず」の典型例である。

 二つ以上の対象に注意を払わせて~というのは
少なくともファミコン時代にはあったし、
「ゲームクリアのために要求するもの」ではなく、
「ゲームをより楽しむためのもの」でもあった。



 少し厳しい言い方をしてしまうと、
ゲームデザインにおける教師は現実か、ゲームである。

 映画を見てデザインに繋がった!と思ったとしても、
デザインに落とし込む際の発想は絶対に
現実かゲームか、そのどちらかしかない。
大いなる誤解である。

 そこを見誤り映画をもてはやして迷走したのが
現在のゲーム業界である。

 自分が活動している最中に業界が凋落したのなら
それに対しては真摯にならなければいけない。
そしてそれは、まず間違いなく「尊敬するべき対象」を
見誤っていることが原因の一つだろう。

 昔からあったものをグラフィック的に豪華にしたり、
演出をゴタゴタ付けたり、十分条件を必要条件にしたり、
そういうことで悦に浸る人間ばかりになった。

 結果として、ゲームは煩雑になり、
ライトユーザーが楽しめないものになり、
(そもそもクリアできなくなったりね!)
業界はあっという間に衰退した。



 例え先達の作品が良いものであったとしても
悪いものであったとしても、尊敬を払わないといけない。

 それらがゲームデザインにおける
大きな指標であることをまず受け入れること。
それこそが尊敬なのではないだろうか。

 だからこそ言いたいが、何にしても
先達の意見は尊敬に値する。
例えそれが見るからに不完全であったとしても。

 正しいものなら自分を導いてくれるし、
誤っているなら自分に思考を促してくれる。

 だからこそ徹底的に何がどう間違っていると思うか
文章にしているんだけど……
まぁあんまり本人には見せたくないものだわな笑

自由が欲しい

  • 2016/09/27(火) 06:02:56

 自由なオナニーがしたい(直球)

 自由と言っても、環境が整っているだとか
道具がたくさんあるだとかそういうことじゃない。

 最近、刺激が強いものでしか抜かない自分に対して
色々な思いを抱いている。

 要するに、刺激から飼い殺しにされているのではないか、
抜いているのではなく、抜くように
うまく誘導されているのではないか、と。



 押井守が「凡人として生きるということ」(新書)の中で、
( 熱 い 押 井 守 推 し )
「今日における自由とは、権力や抑圧からの解放ではなく
自由自在という色合いの意味が適切ではないか」と
言っていたが、自分もまさにそう思う。

 刺激が強い絵・動画でないと抜けない、というのは
不自由、飼い殺しの極みだと、最近思う。

 自分がエロいと感じたのならば、
一切肌の露出がなくとも(あるいは、有機物でなくとも)
満足なオナニーができる、そういう男に私はなりたい。



 それはさておき、先の押井守の新書で

 「どう考えても肯定されるべき命題、言葉は……
例えば、自由・平和・平等、などなど……
常に時代に即して定義を刷新するべきだ」

 ということを書いてあったがこれも本当そう思う。

 結果として、自由の定義は抜け落ちて
どちらかというと放蕩・放縦な振る舞いが目立つ。

 でも一番の問題は、現代的な自由の定義を
打ち立てることではなくて、
「どうやって人々を自由にするか」だろう。

 もちろん、モノを作る人間は人々を
真の自由へと解放しなければいけない。
自由の定義が定まっている、なんていうのは
当然の前提条件だからこそ、そこから踏み込みたい。

キャラデザインで思うこと

  • 2016/09/26(月) 07:41:44

 姉との話で話題に上がったこと。
昨今のゲーム・マンガのキャラデザインは
特に前者で顕著なんだけど、
細かい装飾性を良しとする傾向がある。

 ただ、その方向で頑張れば頑張るほど
キャラの輪郭というか、
「どういうデザインだっけ」というのが
ボケていっているような気がする。

 多少自分なりに言い換えると
「このキャラと言えばこれ!」
というものをハッキリさせないでも、
装飾性で押せばそれっぽく見せることができるし、
昨今はそれに頼っているのかと思った。

 パッ!と頭に思い浮かぶキャラクタデザインは
なんだかんだそこら辺の押し、というか
そこがきっちりあって、
他の部分はかなりシンプルなように思える。



 自分のデザインを思い返すと……
装飾性はそこまで凝っていないが、
というか、凝れるほどの技量がないけど笑
ワンポイント、押し、という面では
もう少し「タイトに」するべきだと思う。

 装飾性に関して言うと、
情報量が増える分、意識を散漫にさせる可能性さえある
……かもしれない。

 自己擁護という意味で言うと(笑)
1枚のイラスト、という意味ではもちろん
装飾性は必要になってくるのは言うまでもないけど、
キャラクタを作る、という意味では
その限りではないのかもしれない。

 これは今後よくよく考えていくべきことだと思う。
イラストレーションとキャラクタの創造とは
考える以上に指向するべき方向が違うのかもしれない。

 さっきから「かもしれない」ばっかりだけど
まぁ断言できることではないから許してほしい笑



 思えば、業界はゲームデザイン、という意味でも
かなり近い失敗を現在進行形でやらかしている。

 盛れば良い、複雑であれば良い、という発想の元
雑味に溢れる遊戯を世に出し続けた結果、
ユーザーが離れたのは言うまでもない。

 ソシャゲーが流行しているのを鑑みると、
プレイヤー達はゲームに対して
何かを待ち望んでいることは間違いない。

 ただ、それは自分が思っている以上に
シンプルなものなのかもしれない……。

 同じ物事でも見せ方一つ、
レベルデザイン一つでシンプルに見せることもできるので
ゲームデザインを出来る限り単純化するのと並行して
そこら辺もよくよく考えていきたい。

 単純に自分が複雑なものが好きではない、
というのが大きいんだけど笑

お絵描き~

  • 2016/09/23(金) 20:37:58

 以前友人に送った絵を見返した時、
ワリとリアルな吐き気に襲われたので
描き直すことにした。

 変にリッチな方向を目指そうとして
自分のうま味な部分を削った最悪の時期だったからこそ
以前のもので留まるわけにはいかなかった。

 とりあえず、いい感じには仕上がったと思うので
ひとまず安心。明日また見直して多少手を加えるだろう。

 しかし、友人曰く前の作品の髪の塗り方が好き、
ということなんだけど、実はもう再現がよくできない笑
髪の塗り方を変えてからそんなんばっかなんだけど笑



 そして今日わかった。グラデーションマップ鬼ほど便利。
グリザイユで描いた時、着色はまず間違いなく
これでやった方がいい。明らかに色がキレるし、
思い通りの色を乗せられる。

 何よりかなり簡単かつ思い通りに
色相をずらしつつ色が乗っかるのは脅威。

 これからは髪だけグリザイユで
他のパーツは普通に塗ろうかと思っていたが、
今日の発見でそれも覆った。
むしろ全部グリザイユの方が、多分色々と都合が良い。

 グラデーションマップに不慣れな時は
・彩度が低くなるんじゃない?
・色彩で遊ぶことができないんじゃない?
などという疑問が浮かんでいたが、これは真逆だった。

 むしろグラデーションマップを使わないと
色を混ぜた時の彩度の低下がきついし、
色彩で遊ぶのがしんどい。色変えが面倒。

 何とかしないとなと思っているのは、
明度の指定が若干思い通りにいかないこと。
ちょっとずれて、明暗が多少崩れる。
数字でうまく指定できればいいんだけどね。



 しかし、多少立ち絵の色に関して
指定し直す必要がでてきたぞ……。

 クオリティが上がることは歓迎すべきことだけど
作業が膨らむのはちょっと怖い笑

ゲーム冒頭で思うこと

  • 2016/09/22(木) 09:13:04

 固有名詞を出すのはいかがなものかとは思うが、
出さないことには始まらないので言わせてもらうと
オプーナの冒頭を見て愕然としている。

 動画勢なので多くは言えないが、
本筋が始まるまで……要するに
本格的な冒険の出立まで少なくとも10分以上ある。
(厳密に言うと出立までこぎついてもいない。)

 というか、ひたすら説明ばっかり。



 RPGが斜陽になった原因の一つに、
最初は些細なことから冒険が始まって、
バタフライエフェクト的にお話が
おおごとになっていく構造があると思う。

 これからのユーザーが物語に求めているのは、
「何となく始まった冒険がいつの間にか世界を救う」
みたいなことではないだろう。

 これがセールス的に許されたのは、
ゲームというエンタメが目新しかったからでしかない。
今もう通用しないのは現状を見てもらえればわかる。

 尚、一時期「世界を救う話なんてもういいからw」
みたいに言われた時期があったが、
それがより悪い状況を招いているとしか思えない。

 物事をひたすらバカにする愚か者に限って、
バカにするのは必ず物事の良い面、というのは
古今東西の法則ではないだろうか。

 結果「何となく始まって何となく終わる」という、
クソの役にも立たないものばかりになった。

 今必要なのは、
「自己救済を通じた世界の救済」の物語だろう。
売れているマンガを見ても、必ず自己救済の側面が
物語の終わりに結びつく匂いが強い。

 切り捨てるべきだったのは「何となく始まる」だとか、
「物語と結びつかない出立の理由」そこだったろう。



 言うまでもないが、オプーナの始まりが
「何となく始まる」の典型例である。

 両親が大怪我してるじゃん!ということを
反論にする人も居ると思うが、
それがテーマと結びついているか、である。

 気になったのでネタバレを見たが、
OPは留保行為でしかなかった、という印象。
きちんとラストやテーマ・結論と結びつかないとダメだ。

 オプーナと言えば一時期
ワゴンゲーの代表格とされていたが、
実際はそんなに悪くないという話は聞いていた。
しかし蓋を開けて見ればこれである。

 また、説明も世界観もお粗末。
早い話が造語に次ぐ造語、固有名詞に次ぐ固有名詞で、
「それは本当に造語にする必要があるのか」
という疑問がどうしても浮かんでしまう。



 これに関しては色々と思うけど、
やっぱり造語を当てるなら可能な限り絞るべきだと思う。

 何をどうひっくり返しても現実が持つイメージのほうが
強くなるようなものもあるので、
それに対しては絶対に別の言葉を当てるべきである。

 特に、導入シーンはとにかく固有名詞が多くなるので、
出来る限りそれを削る配慮は間違いなく必要である。
キャラクタの名前に突飛な横文字(あるいは漢字)を使うなら
極限まで絞らないといけない。

 要するにこの導入はユーザーのことを考えておらず、かつ
形だけの目新しさを追った典型的なそれではないか。



 まぁ、やってないので強くは言えないけどね……。
全部やってみて改めて感想を書くかも知れない。



 開発のアルテピアッツァと言えば
(アルテアピッツァじゃないよ!)
ドラクエ7から開発に関わったチームだが、
堀井雄二氏との関わりの中で
何を学んだのか問いかけたい。

 あの人はユーザーに対しての
配慮の塊みたいなものを作る人間だと思う。

 様々な配慮の結果として、ドラクエというゲームは
非常に「入りやすい」作品であることは否定のしようがない。
(もちろん他にたくさん良いところあるよ!)
本当に「最低限だけ」で始まる。

 最近はまぁさておき、少なくとも7まではそうだった。
いや、その7もかなりきわどいんだけど。

 ぶっちゃけ、導入ではこれが一番難しいと思う笑
何をしないとユーザーが入ってこれないか、
何をするとユーザーが重く感じるか、
そういうことを明確に理解しているからこそドラクエは強い。



 ちなみに、近い存在で言えばFF6はガチ。
ドラクエと比べて世界に触れるための必要情報が多いが、
それでも最低限の情報にうまく絞っている。

(今のスクエニだと、まず間違いなくキャラクタ名を出す。
あの冒頭の卓越性の一角は、不必要とあらば
キャラクタ名さえ削ったこと。主人公であるティナの名前も。
結果としてティナの状況・キャラクタ性が強く浮かんでくる。)

 というか、冗談とか抜きにFF6という存在がガチ。
マジでオムニバス形式のゲームシナリオでは
これを越えるゲームは出てきてないと言っていいレベルだし、
他の各要素もずば抜けて強烈。

 いや、DQ5とFF6という存在がゲーム業界のガチ、と
言った方がいいのかもしれない。
この2つはマジでシナリオのレベルが違う。

 多分、PS期以降ゲームから離れたユーザーは
これらのシナリオの進化を求めていた層が多いと思う。



 あ~……FF6に応えられるオムニバスを作りてぇ……。
これとDQ5に対しては語りだしたら止まらない自信がある笑

課題は多い

  • 2016/09/21(水) 23:02:04

 こういうことをやりたいな、と思えば思うほど
システム面で実装できるか悩む時間が増える。

 ただまぁ、探したり考えたり、あるいは
ちょっと改変すれば何とかなることも多いけど笑

 それでもやっぱり悩ましいものは多い。
今日も睡眠時間がずれて、大変眠い。

 どうせいつ悩んでも解決しなければいけない、
というのは変わらないから、
睡眠をずらすのは得策ではないと思いつつも
なんか気になっちゃう、というのが正直なところ。




 とにかくこれからは時間を
どれだけ突っ込めたかがポイントになるだろう。

 この前読んだ「物語の法則」に影響されて
とにかく毎日書かないとダメだ!と奮起した関係上、
各分野を毎日チビチビやるようにしたので
多少焦りは感じてしまうかもしれない。
一日ごとの進みが「一見」遅く見えるので。

 ただ、ここ数日、絵を描かずに
シナリオ面やシステム面について考えたり
読書に時間を突っ込んでわかったことだけど、
数日ブランクがあると本当に下手になる。

 一番大事なのは毎日一時間でもいいから
継続して描くことなのだと思う。

 もちろん音楽だって同様。
最近メロディをひねり出す作業をしていなかったから
閃きの力は衰えたし、それを膨らませる力も
まぁ弱くなっているだろう。

 具体的に形になっていないと、焦って
「早く何かしら見えるものが欲しい!」と思うけど
ここは焦らずじっくりといきたい。

 というか、睡眠時間がずれると非常にしんどいので、
毎日二時間と言わず、よく考えた上でペース配分したい。
バイトやめられたら毎日二時間コースだけどね笑



 どうでもいいが、毎日やるべきことは
文章を書く、ゲームデザインを詰める、絵を描く、音楽を作る
この四点である。こう見ると多く見える……。

 文書に関しては読書+書評(日記・感想)
という形でごまかしたりすることも多いけどね……笑

 ただ、とにかく何でもいいから書かないといけないし、
インプットとアウトプットを兼ねられるのは
後々から効いてくるかもしれない。



 しかし、睡眠時間がここ最近
まともに確保できていないし、時間もブレブレなのは
非常にしんどいことなので、まずはそこから解決したい。

 正直、睡眠時間が少ないのに活動できる人種を
心の底から尊敬する。自分は六時間睡眠なんて
まず活動できなくなるので、よくやるよと思う……。

スクリプト改変しんどい!

  • 2016/09/20(火) 06:09:19

 今は閉鎖されてしまった某ブログの
スクリプト素材をちょこちょこ改変していた。

 反撃周りのスクリプトで、
デフォルトのロマサガ形式の反撃に加え、
ダメージ後の反撃やらその他もろもろを
追加する奴なんだけど……

 とにかくコモン周りがヤバイ!!
今回コモンで色々ごまかそうと思っているので
ここの動作が直感的にならないことには
始まらないのだ!

 大体の流れを書くと


行動前コモンイベント

アクターの攻撃宣言

行動前反撃かどうか
↓No  ↓Yes
↓   反撃時のスキル+コモンイベント
↓   ↓
↓   アクター側のコモンイベント

アクターの攻撃

ダメージ後反撃

ダメージ後反撃のコモンイベント

アクター側のコモンイベント



 こんな感じで実行される。
一応、攻撃が「攻撃前反撃」によってキャンセルされると
攻撃側のコモンが潰れるようにはできたけど
ダメージ後の反撃の場合にうまく機能してくれない。

 その時は反撃前にコモンを実行してほしいのに
スクリプトをいじっても全然うまくいかない。

 あと、もう一つ欲を言うと
「攻撃宣言をした後、行動前反撃がなければ実行される」
コモンイベントが欲しい。

 行動前コモンだと、その名の通り
攻撃宣言の直前に実行されてしまう。



 まぁ一番手っ取り早いのは、
外注でおまかせしちゃうことなんだよなぁ。

 恐らく不可能なことではないだろうし、
自分でやると競合とかが怖いから
それが賢明なんだろう。

 でも出来る限り
「これはもうどうしようもない!」
という奴に予算を割きたいというのはある笑

 なんだかんだ、もう少しで解けるかな?
という感じはしないこともないので……。

物語の法則、読了

  • 2016/09/18(日) 19:48:51

 千の顔を持つ英雄、昔話の形態学あたりは
「学問的」であり、そのまま製作に活かすのは難しいだろうが、
「物語の法則」はそもそも物書きのために
書かれたものなので、使い勝手が非常に良い。

 先んじて注意点を述べておくが、
本文内や後書きにもあるように、この本は
「どうやって作るか」の指南書であり
「何を作るか」に関しては自分で発掘しなければならない。

 作り方を心得ている人間、もしくは
「マニュアル買いたがり屋」にはおすすめできない。

 ただし、ツールキットとして非常に優秀で、
自分が書こうとしているものの構造を分析して
自分が何を書きたいのか、発掘の手助けになることもある
……かもしれない。



 この本の良さを一言で表すなら、
「シーンや全体の流れの良し悪しを
把握するツールがたくさんある」こと。

 最初からこれらのツールを使って
シーンを洗うことは難しいが、
時間をかけてきちんと見直していけば
まぁまず破綻することはないだろうし、
「生ぬるい」感じになることもないだろう。

 基本的には、手元に置いといて
他人のシナリオを解剖する時や
自分でシナリオを組む時に
「目次だけでも」見直すという運用をするべき。

 特に、ハリウッドはかなりキャンベルの流れ
……ジョージ・ルーカスと言うべきかもしれないが、
彼の流れを組むので、非常に役立つと思う。
実際に使ってないので何とも言えないが笑



 個人的に思うこととしては、
ツールキットが豊富だからこそ
シーンを見る時の焦点がボケるかもしれない。

 特に、環境的事実を読み込むと
自分は若干ブレたのがわかった笑

 環境的事実を図る時は
何故それを見るのか、きちんとその目的意識を
ハッキリと持つべきだと思う。

 やっぱり基本的には
「キャラクタ」と「キャラクタ」の折衝、あるいは死闘
これがシーンの原動力であると思うし、
その原動力の連続がシナリオの力かと感じる。
もちろんこのキャラクタの定義はマッケナのそれ。

 主従を見誤ると、どうしても
自分が設定した環境的事実を押し出しがちなので、
ツールの主従関係、目的意識は
読了した後、キチッと定めるべきだと思った。

 もちろん人によっては
「いや、これらのツールの中だとこれが一番重要だぜ」
という意見が出るだろうし、それが個性なのだと思う。



 あと、「脚本全体の矛盾」を洗うことはできるようになるが
「テーマ・前提と脚本の矛盾」を見つけることは難しいだろう。
あるいは「テーマ・前提と、よりマッチする脚本の発見」
これも教えてくれない。

 テーマ・前提に対して主人公のドラマで迫るのが
脚本の目的だとするなら、留意すべき点であると思う。

 この手のマニュアル本を読んだら
画一的な脚本しか書けないのでは、と言う人も多いが
この一点と、先に述べた「書きたいコトの指南ではない」
(要するに、テーマ・前提を発見する指南は存在しない)
という点から、全くの誤りであることはわかるだろう。

 自分の勝手な意見ではあるが、
作品のエネルギーを分ける分水嶺は
「テーマ・前提に対してどういうキャラクタ・環境を作るか」
これの方がシナリオのまとまりよりも大切だと思う。

 個人的に思うのは、これに関するアプローチは
技ではなく心や人生・人間性の領域なので、
学びたいなら誰かに師事する必要があるだろう。

 ただもちろん、どんなに素晴らしい
キャラクタや環境を作ったとしても、
それを引っ張るシーンの力が弱いと恐らく駄作になる。

 この手のツールを120%活かすためにも、
どういった点をどうやって補完していくのかが大事だろう。

うまく眠れない

  • 2016/09/18(日) 07:13:30

 仮眠とってバイトして仮眠とって、っていう感じで
どうも熟睡ができず辛い。

 ゲームデザインだとか論理的なことは考えられるが
今の人間に何を言いたいかだとか
そういう倫理的な思考が全然まわらない。
というか心が荒んでいる笑



 まぁぼやいてもしょうがないから
チビチビとゲームデザインを実際に詰め始めている。

 戦闘に関しては大体のアタリが付く。
こう作ってこう調整していけば大丈夫だろうと。
雑魚戦をバッサリカットするつもりだし、
HP・MPも戦闘終了時に回復させるので
そこまで難解な調整にはならないだろう。

 メニュー開いていちいち回復させるのは、
冒険の途中でリソースが切れるならともかく、
切れない調整なら本当に無駄な工程だし、
どう考えても自動で回復するほうが話が早い。



 問題は探索面。雑魚戦カットの関係上
普通に作ったらまずつまらなくなる。
ウォーキングシミュレーターという
不名誉極まりない呼ばれ方をすることになるだろう。

 ならばと言ってソーシャルゲームの様に
探索面をバッサリカットするのも寂しい。

 加えると、エロ・インディーズとは言え
クラシックなRPGを遊ぶ層はやはり
探索面・ストーリー面も求めているだろうし。



 こういう時は何をしようかと考えるよりも、
どうして自分が探索を楽しんでいたのか、
そういうことを見つめなおすのが最も良いか。

 まず版図の拡大そのものが面白い。
自分が知っている世界を拡大させること
これそのものが面白い。

 ただ、これは雑魚戦を削った場合
マップを埋める作業になりそうで怖い。
雑魚戦というリスクがあるからこそ
新しい土地への到達は嬉しいのではないか。

 ちなみに、ダンジョン探索はあんまり。
大概の場合は最奥部に何があるか、
あるいは何を目的とするか先立って伝えられるし
世界が広がる、という感覚がないので。



 宝箱なんかも嬉しい要素か。
宝箱で手に入らない奴だったら尚更だし、
ちいさなメダルなんかは鉄板。
でもこれ採用するとまずWiki見られちゃう笑

 友達同士で情報交換する時代だったら
まぁそれもアリかなとは思うんだけど、あれはやっぱり
人と人のコミュニケーションがあってこそだと思う。

 最近じゃあWikiという「結果だけ」が訪れるから
同列に語ることは難しい。

 ゲームは結果を手に入れることそのものがキモで、
ゲーム外の対人のコミュニケーションも
それに含まれていたんだろう。

 一応亜種としては、ムジュラの仮面みたいに
「あぁ、こいつこんな時間にこんな所居たんだ!」
というキャラクタ性を補完する見返り・報酬がある。
これはすごい好き。

 ただ、時間という概念をくっつけないと
若干無理がありそうで怖い。



 話を探索に戻して……
個人的に64マリオがすごい好きで、
やっぱりああいうのが良いよなぁと思う。

 何がうまいって、広大すぎると迷わせるから
一つ一つを適正なサイズに区切ったことだよなぁ。
広くなればいいってもんじゃない。

 結果として「移動だけ」の時間が極端に少ない。
そうそう、RPGの探索で難しいのって
戦闘でスリルを出したとしても
「移動だけ」の時間が極端に長い。

 各ギミックに触れている時間の密度が長いから
もちろん各世界も非常に味が濃いものになりがち。

 質の悪いメトロイドヴァニアとか遊ぶと
「移動だけ」というのが超むかつくのがわかる笑

 それじゃあと移動そのものを削るのは
さっきも言ったようによろしくないこと。

 世界を自分の足で拡大させている、
という最も面白い側面も削り落としてしまうから。



 まぁ……本当に首が回らないというか、
新しい一手が全然出ない、というのが正直なところ笑
なんかすげぇ革新的な見せ方を閃かないかな~

良い塩梅

  • 2016/09/15(木) 07:12:37

 なかなか良い具合にシステム面の構想を
「どうやって実現するか」が見えてきた。
ステート周りのスクリプトとコモンイベントの組み合わせは
なかなか汎用性が高そうである。

 どういった要素をウリにするか、また、
どういった味付けにするかはさておき、
方向性や「こういったスキルを用意するだろうな」
というのはほぼ固まっているので
懸案は一つずつ潰れてきている。



 一応これに関して強く打ち出したいというのは、
この要素を備えて当然というものではあるけれど
成長計画・パーティーの構想を考える時を一番面白くしたい。

 理想としてはゲーム外でも成長計画等について
どうしようかと考えられるぐらい楽しめるものを作りたい。

 多分だけど、この発想というか目標を聞いた時
ピンと来る人は案外それなりに居ると思う笑
まぁα版が出るメドが立った時にじっくり語りたい笑



 千の顔を持つ英雄をチロチロ読んでいるが、
個人的には「よく注意して読むなら悪くはない」。
正直、序文で「フロイト」って文字が見えた時
あぁ、やらかしたな、とは思ったけどね笑
まぁこの人物に関して多くは言わないよ笑

 神話に対しての姿勢とかは好き。
それが人間に対してどういう影響を
与えてきたのか説明した上で、
それらの共通点まで掘り下げている。

 その共通点が「本当はどういう意味なのか」は
自分で考える必要があるとして、
共通点を列挙してくれるというのはありがたい。

 裏を返して言うと、
人間の生命に訴えかけようとする時
どういう手順を踏むべきなのか、
主人公達にどういうことをさせるべきなのか、
最も基礎的なことを列挙してくれている。



 ちなみに、著者が最晩年に受けたインタビューを
まとめた本(神話の力)の試し読みをしたけど
こっちを先に読むべきだった笑
やっぱり最晩年だけあって老成している。

 ただまぁ、各神話が描いているテーマは
時空間を超えて共通である、というのは
間違いだとは思う。

 テーマは共通で、土地・あるいは土着の文化、
語る人間のアクセントによって
実際の物語に差異が発生すると書いてはいるが……。

 ……う~んまぁ、これは非常に込み入った話になる。
ただ、各神話が各文明に与えた「人間観」ってのが
異なる以上、テーマは異なるとは思うんだけどね。
実際の物語の差異でそこまでも変わるんだったら、
そもそもテーマが持つ力ってなんだよ、ともなるし。