FC2ブログ

差分やるマン

  • 2016/08/31(水) 13:06:47

 CLIP STUDIOのタイムラインを使用して
表情差分作るのすごい便利そう!とか思って
「右まゆ」「左まゆ」「左目」「右目」「口」の
5つのパーツに分けてみたけど
これ普通に描いた方がわかりやすいわ笑

 何よりも見通しが付きにくい。
これとこれを組み合わせるとどうなるか……とか
そういう作業はあまり好きではない。

 ただ、表情が10個以上になってくると
ワンボタンで表示・非表示を切り替えられるので
便利っちゃあ便利だと思う。

( ちなみに表情以外が絡んでくる場合は
ほぼ確実に使った方がいい。

 表示・非表示を切り替えるレイヤーが
2つ以上のフォルダーに分けられている場合は
使ったほうが事故が減るしわかりやすいだろう。 )



 あと薄々感づいていることなんだけど、
表情差分は正直、キャラクタのバックボーンを
もっと作りこまないと二度手間になりそう。

 現に服飾屋(役割としては防具屋)は
表情まるまる描き直しになる。
例の蛇のキャラクタって言って伝わるだろうか笑
 
 そのキャラクタって今の自分は、スナックのママ的な
「言わないでもわかってるのよ」という雰囲気を
頭の中で思い描いているんだけど、
上がっている絵を見ると全然違う。

 要するに描いた後に自分の頭の中で
別の形で固まってしまった奴。
そういうことを避けるために表情差分を作る前に
きっちりとキャラクタを固めないといけない。

 とりあえず今は表情差分を作る手前まで進めつつ
世界観・シナリオを練るべきだろう。



 話は全く変わるが、twitterには
文章のみのツイートは出来る限り
置きたくなかったのでまるまる削除した。

 ユーザーからしたら絵描きのツイートは
イラスト以外は不要なので、それを放置していると
画像ツイートの密度が相対的に下がり
フォローしてもらえないだろうし。

 webのサービスか何かを使って一括削除した後
本当に削除されたかという確認をしようと遡った時、
前作の絵を見て死にそうになった。
リアルに吐き気を催すとは思わなかった。

 ぶっちゃけ前作にまつわる画像ツイートも
全部まるまる削除したいレベル。
これはちょっと今度考える。ダメージがでかくて
多分もう一度見るとしばらく引きずる。



 それと関連してだけど、このブログも
もう少し一覧性が良いところに移したいなと思っている。

 毒にも薬にもならない文章しかないような
こういった日記は別にどうでもいいんだけど、
技術的な覚書やゲーム論、創作論と言った
有益だと思える文章はパッと取り出せるところに置きたい。

 今作のα版が出来次第、Entyに行くかと思ったが
あそこもあまり良いようには見えない。

 やはりクラシックなテキストサイト的なモノが
一番良いのではないかと思う。
とは言っても、今はフレームが非推奨なので
追従するサブメニューとかそんな感じになるだろう。



 まぁ何でも良いんだけど、
とにかく落ち着いて文章を読ませたい。

 しかし色々と手を延ばしてしまうと
「PSDファイルはEntyで」「描きかけの奴はTwitterで」
「文章データはWEBサイトで」……と、
複数箇所を周らせることになるので
ユーザーからしたら面倒なんだよなぁ……。

 とは言っても、文章なんて筋金入りの……
……ファンというか笑 まぁそういう存在向けなので
基本はTwitterで済ませられるようになるだろう。

 描きかけの絵を上げつつ、完成したら
jpg貼って更にEntyの告知もするって感じで。

 蛇足だけど、Entyで支援してくれた人は
スタッフロールに記名できるというベタな特典において、
サークル名+サムネイルも載せたいと思っている。

 早い話がスタッフロール・クレジットを
宣伝の場にしてもらおうという魂胆。
銭をもらうというやらしい精神もあるけど笑



 とにかく早くα版を作って
Entyに出られるようにしたい……。
あぁ、年内に何とか発表できるといいな……。

進んでいるよ

  • 2016/08/30(火) 01:15:01

 ぼちぼち8月も終わるけど未だにキャラデザ。
正確に言うと、シナリオを考えながらキャラデザ進めていた。

 進みが遅いのはサボっていたわけではなく、
「これは違うな」と思うことが非常に多くて
3歩進んで2歩下がる、という状況だったから。

 とは言っても、押井守の映画を見たり対談を見て、
自分なりに「こういうモノを提供したい」と思えるものが
固まってきて、そういう意味では非常にいい傾向である。

 しかし、つくづく思うことは
自分はなんだろうか、ということである笑

 いやそりゃあ自分は自分なんだけど、
要するに「シナリオライターです」とか
「ゲームデザイナーです」とか、そういう自称の話。

 あなたは何ですか?と聞かれたら非常に困る。
早い話が答えられない。



 まぁそれはさておき、今作のこと。
進捗は大体わかるだろうけど遅れ気味。
ただしクオリティや底力みたいなものは
組み上がってきている。

 それよりも今の問題点は
最初に明暗を塗り始めたキャラと、最後の方の奴の
絵としてのクオリティがぜんぜん違うこと。

 自分が描きたいモチーフは
宝石、水晶、あるいは宝石・水晶的なもので、
髪の毛や瞳をそれに見立てたりもしている。
(理想は全てがそれに準ずることなんだけど、
肌を宝石的にできないので今はパスしている。)

 その部分と線の処理のクオリティが露骨に違う。
ヘタしたら数ヶ月・1年レベルの進化が凝縮されている。
多分グリザイユに慣れたせいだと思うんだけど、
イベント絵になるともっとクオリティが変わるんだろうな笑

 多少は調整するとしても、これはもう単純に
絵描きとしてのキャリアが少ない人あるあるとして
受け止めないといけないことかとは思う。

 もうあと数年続ければ安定するだろう……多分。
ちなみに玉虫トンボの玉虫は縁起物という意味もあるけど
絵柄が安定しないという自嘲の意味もある笑



 とりあえず主人公以外の全員の明暗はできているので
多少の手直しを入れた後カラーと表情を付けるかという感じ。

 主人公は死ぬほど大事なのでもう少し世界観や
シナリオをがっつり固めてからデザインをやり直したい。
改めてデザインを見直すと、自分が演出したい
「ダサさ」とは別種のダサさがあったのでやり直す。

 一応「田舎のオシャレ」的なものを意図していたけど
多分今はもうそれを主人公に求めていない、
というのもあるのだろうけど笑

 というか、今の時点で反省するのはどうかと思うが
本当は世界観>シナリオ>キャラクタデザイン
という順番にしなければならなかった。
せめて主人公ぐらいはそれで作り直したい。



 そこから音楽にいくのか、マップにいくのか、
ゲームデザインにいくのか、それは未定だが
まぁ地道に作っていこう……。

またまた今更

  • 2016/08/26(金) 11:31:48

 今更だけど復活のFを見た笑
細かい感想は置いといて、この映画はしっかりと
小さい子供たちに向けて作ったなと感じた。

 色々な意見はあるが、この方向に行って
良かったなと自分は思っている。



 恐らくDBで育った世代が否として挙げるのは
神と神から設定・キャラクタを引き継いでいて、
もちろんビルスとウィスも出てくる、ここだと思う。

 確かにそのせいで復活のFは緊張感がない。
マンガだと「ライバルの強豪校が見に来た地区予選決勝」
ぐらい緊張感がない。

 ただ、地獄の描写と言い、北の都の破壊描写と言い、
子供たちを怖がらせないような配慮が散りばめられており
その一環で「あえて」こういった形をとったのであるからこそ
大人の意見を主軸にするべきではないと感じる。



 そうは言っても個人的に一番残念だったのはフリーザが
かなり小物の悪役になってしまったこと。
言うこと、やることが小物のそれ。

 子供が楽しめるようにという配慮はあったものの、
さすがにこれはもう少し描きようがあったのでは、と思う。

 とは言っても、逆に自分に問いかけると
現代における悪役ほど難しいものはないとも感じている。

 大人も子供もフィクションに慣れた現代では
「でもどうせ主人公が倒すけどね」という安心感があるし、
新しいキャラクターが生まれづらいのは悪役も同じで
「あぁ、今回はこういう奴ね」と、思わせやすい状況にある。
これをいかにして打ち崩すかは非常に難しい。

 それに加えて恐らくこれからの映画DBは
直接的・具体的な殺人描写等は入れないだろうし、
先に挙げたようにビルス・ウィスも居る。
更に言うと、地球が壊れても時間を逆行させられるという
絶対的な保証も加えられた。

 こういった状況の中で「悪役を倒したことによる安心感」を
提供することは非常に難しいのではないだろうか。



 だからこそDBは桃白白以降のピリッとした感じではなく
牧歌的な方向に舵を切り直すのはアリだと思う。
というか、上の制限を守りながら他の作品とかち合うと
まず間違いなく見劣りする。

 もっと言うと、多分今の鳥山明先生が
子供達に提供したいものは、(昔は知らないけど)
牧歌的な方向だと思うし、
それを尊重してモノを作るべきなのではないだろうか。
(やっぱりアラレちゃんは最高だな!)



 純粋に強さだけを求めるヒーロー像で
子供達に受けいれられているのは、
恐らくDBをおいて他にないので
この強みを活かしてガンガン作っていくべきだと感じる。

 グラップラー刃牙の締めくくりに
強いこと、強くあろうとすることってのは美しい、
みたいなことを言ってたし、本当にただこれだけでも
人って十分感動できると思うしね。

 そう考えると、ひどく肩透かしになる危険性は高いが、
今作はフリーザが強さを追い求めて結果として
自身の憎しみを乗り越える話とかでも
別に良かったのかなとは思った。
これだったらもっと賛否両論になっただろうな笑

 あぁ、個人的な願望としては
主人公が悟空以外でオッケーなら
是非ベジータ主人公の作品を作って欲しい笑

 多分ベジータが守るべき存在のために
自分の殻を破る作品があったら
オヤジも子供もすげぇ感動すると思うし、
間違いなくベジータにはそのポテンシャルがある。

 非常にざっくばらんに言うなら
「オヤジも子供も男としてベジータに憧れられる作品」
みたいなものを作って欲しいというか笑



 昔のコンテンツを引きずることって
あまりよろしくないこと……なのかもしれないけど
DBをこれから引っ張っていっても
まだまだ未来はあると思う。

 キャラクターの動機が純粋だからこそ
そこに色々なものをくっつけて話にできるし、
きちんと繋いで行けば多分長生きできる。

 そういう意味でこれからの映画DBがどうなるか
とても楽しみだし、国民的コンテンツとして期待したい。
子供ができたら、「ワンピースの方がいい」と
言うまではDBをいっしょに見に行くと思う笑
相手が居ないので虚しい妄想ではあるけど笑



 蛇足だけど、復活のF、作画頑張ってて感動した。
と同時に3Dと2Dを混ぜるのってまだ難しいのかなと思った。
特にタイマンの時はアクションだけでしか見せられないので
若干気になってしまった。
逆に言うと他のシーンではまぁこんなもんかとも思える笑

 でも東映ということはプリキュアの技術があるだろうし
スマイルプリキュアのEDを考えると
ここまで露骨に3Dっぽくなるほどだったっけ?
とも思っている。

 あのEDは今見ても戦慄が走る。
特にバックスクリーンに映る映像が3Dとか
言われないとまずわからない。
言われてもどう作ったのかよくわからない。

 しかし3Dが進化すると共にモーキャプなり
フェイスリグなりをぐりぐり取り込んで
「アニメなのに実写的」な演技をさせるスタジオが
今後でてくることを思うと
すごい時代になっていくよなぁと思う。

 それと同時に、だからこそ今の内に
大御所がきっちりアニメの演出を教えるべきだとも感じる。
これはいつかじっくり文章にしたい。



 本当にどうでもいいけど、復活のFの序盤で神龍使って
その6ヶ月後にフリーザを倒したとなると、
北の都、次の神龍までの6ヶ月は死にっぱなしだけど
それを感じさせないブルマの豪胆さよ笑

 そんなブルマホント好き。多分DBを読んだ人って
ブルマに対して深い思い入れみたいなものを抱くと思う。
あのマンガの中で一番長く人生を描かれているのって
恐らくブルマなのでどうしても愛着が湧いてこない?笑

今更だけど

  • 2016/08/25(木) 08:30:52

 ドラゴンボールの神と神を見て感動している。
世間一般の評価はわからないけど、
個人的にはすごく好きな構成だった。

 やっぱり十年以上付き合ってるコンテンツだと
それだけキャラクターが自分の中で醸成されているので
……特に、ベジータが一瞬悟空を超えた
(と、言われた)くだりは非常に感動した。

 取引先の社長がホームパーティーに来た時の
会社員の悲哀みたいなものが感じられて
ちょっと笑っちゃったのも事実だけど笑

 ベジータ・ピッコロ(両方元悪役)がめちゃくちゃ
人間臭くなってるのは、まぁ何にしても面白い笑



 しかし、神と神における敵役が、なんというか
どちらかというと天災的な性質で
そこに注目している。

 DBみたいに敵と言えどできるかぎり
殺すのを避けたり、良いキャラにするコンテンツ
(かつ、わかりやすいシナリオ)って現在だと
こっちの方があうかなとも思っている。

 ワンピみたいに、ルフィによる救済、とか
そういう側面を出すなら悪い異民族・権力者をぶっ飛ばす
ってのでもいいんだけど。

 ただ、単純に力比べでどっちが勝つか、
そして相手を負かしても殺さず円満解決、となると
本質的な悪役を描くことは難しいと思うので
そういう意味でうまいなと思っている。

 あと、ある意味では日本人的な価値観に
あうっちゃあうのかもしれない笑

 めちゃくちゃな言い方をすると
「すげぇ災害が来たから悟空を旗頭にして
皆で協力して乗り切った」とか
そんな脚本と言えなくもないので笑



 昔、某掲示板にて見た感じだと
ある程度上の年齢層には評価が芳しくなかったけど
小さい子とだったら一緒に見たいなと思った次第。

 DBを見て育った大人も、現在進行形で
DBに触れている子供も両方楽しめるように
色々と工夫してたり、構成を考えているのが良かった。

 熱戦!烈戦!大激戦!(ブロリーの奴)と比べると
アクションシーンが短い代わりに
キャラクタの掛け合いを積み重ねているので
多分子供でも楽しめると思う……。

 ただ、大人がもう一度DBに対して
フリーザ編みたいな緊張感を求めるのもわかる。
改めて読んでもあそこの構成は神がかっている。

 でも、その手の緊張感は
もう別のコンテンツに求めるべきなのかもしれない。

 先ほどキャラクタの醸成と言ったけど、
だからこそ逆にここまで色々なイメージが付いてくると
生きるか死ぬかの世界は難しくなると思う。



 しかし、こういう感じで原作をしっかりと
踏襲してくれる監督・脚本家が居ることが嬉しい。

 DBって基本踏襲してくれるイメージだけど、
他は大体全滅のイメージがある。

 大概は監督・脚本家のオナニーに使われるか
あるいはやりたい表現の実験場として使われるか
そのどちらかばっかりな気がする。
アニメオリジナル展開もしかり。



 理想を言うなら、脚本だけでなく動画マンなどの
末端も含めて教育にがっつり金と時間をかけてほしい。

 作画が良ければアニメが良くなるとは言わないけど、
撮影でごまかさないとどうしようもなかったんだろうな、と
思わせるカットが多いとさすがに悲しくなってしまう。
黄金期の動画マン達はどこに行ったのかと。
これはドット絵……ゲームの動きに関しても全く同じ。

 ただ、どこの業界もそうなんだろうけど、
新人を育てる金さえないほど逼迫しているだろうから
無理を言うわけにもいかない。
ゆとりがあるのなんてソシャゲぐらいだろう。

 据え置きゲーム業界もそうなんだけど
良い物作ったら一気に浮上できるかというと、
もうそういう時代じゃないのかなと感じている。

 そういうビジネス的側面も含めて、
アニメ業界ってのは今すげぇ
難しい状況に立たされていると思う。



 どうでもいいけど、次の記事は多分
GHOST IN THE SHELL単独か
あるいはイノセンスとのセットの感想を書くと思う笑

 もう前者は見ていて、海外で先に受けた理由を
ひしひし感じた次第である笑

 日本と海外だと科学技術に対して抱く問題意識は
多分かなり違うはずとか、そこら辺からの感想になるだろう。

嬉しいこと

  • 2016/08/21(日) 06:14:29

 押井守の書籍やらインタビューをひたすら読んでいたが
最近ある変化に気がついた。

 氏の語録がかなり聞き取れるようになっている。

 以前はニコ生での川上量生・鈴木敏夫との鼎談は
8割聞き取れなかったが、今は9割聞き取れる。
一応シネマシネマの押井塾を視聴しているが
それも恐らく特訓になっていたと思う笑

 お金・時間のタイミングがあえば
押井塾に行くつもりだったので、懸案は潰せた。
行ったはいいが聞き取れなかった、では
ワリとマジでシャレにならないので笑



 しかし友人から頼まれた絵がぼちぼち終わるが、
なんだかんだ引き受けて良かったなぁと思うのは
グリザイユにおける色の塗り方が
なんとなく掴めてきたこと。

 以前は、カラーレイヤー1枚で
それなりに塗れないといけないと思っていたが、
今はオーバーレイやらソフトライト・乗算を重ねて
偶然性にまかせるようにしている笑

 ある程度は経験を積めばその偶然も
コントロールできるようになるんだろうけど、
まぁ今作はその経験値を積むフェイズになるだろう。

 今更だけど、やっぱり色々なレイヤーモードは
ガンガン利用していかないと損だなぁと感じる。
「こういうことやりたいなら、コレが手っ取り早い」
ということが往々にして起こりうるので……。

 通常レイヤー1枚だけでめちゃくちゃうまい絵を描く、
というのは絵描きにとっての憧れみたいなものもあるけど
そういうのはガチで絵が上手い人にパスする笑

 卑下する訳ではないが、モノグサにはモノグサなりに
フィットするツールの使い方ってのがあるもんだろう。

 同時に、最近は自分が面倒くさがりだ、ということを
何とか武器にできないか考えている。

 ただ、モーションキャプチャーやフェイスリグみたいな
無意識も取り込む手法はさすがに使わない。
それ使うんだったら二次元でやる必要がないから。

 二次元的なメリット……自分自身の意図だけで
世界を構築していく、この長所を享受しつつも
楽をする方法ってないかしら笑

やる気を潰す言動

  • 2016/08/19(金) 01:22:46

 あまり多くは語らないが、
喜ばしくないことを言われた。
相手に悪気はない以上
こちらも黙らないといけないのが男の辛い所。

 根底にある意識というのは表に出るもので
「お前はこれをするだけで絶対伸びる」と
言ってくれる人は本当に少ない。
「これがお前の課題だ」「お前はここがダメだ」
多くの人はこういうことばかり言われる。

 簡単に言えば、伸びる者ではなく、
劣った者・足りていない者として扱われがち。

 言い換えれば、その人の未来を見ているのか、
それとも積み重ねた結果を見ているか
この違いとも言えなくもないだろう。



 あまり他人の評価に終始してもしょうがないので
自分のことに引きつけて考えると、
やっぱり自分の作品の根底にないといけないもの、
それが何なのかということになる。

 少なくとも、今自分が感じているような感覚から
解放させたいと思っていることだけは確か。
そして、何をもって解放に至るのか、
(ある意味今作のテーマ)これも見えている。

 問題なのは、その味付けだとか、
何を乗り越えてそこに至らせるかだと思う笑

 どす黒い感情を乗り越えさせるために、
安直にどす黒い構成にすればいいかは考えもの。



 ここからの作業はもうとにかく
ひたすら自分と向い合う作業。

 ぶっちゃけ、もう働きたくないというか、
思考にかける時間が足りないという実感がある。
もっとも、新聞配達はそういう意味じゃあ
恵まれている仕事なんだけど笑

エロに関して思うこと

  • 2016/08/13(土) 17:47:49

ttp://yamanashirei.blog86.fc2.com/blog-entry-1513.html

 知り合いに上の記事を教えてもらい非常に驚いた。
あぁ、なるほどと思ったわ。

 どうでもいいけど、女の胸っていうのは
男の身長に相当すると勝手に思っている。
デカけりゃそれだけでモテるし、小さいのは触れづらい。

 そういう意味では、女はみんな高身長が好きなのか、
それを検証すれば男がみんな巨乳好きなのかわかると思う。

 まぁ結局、多くの人は好きだけどそれだけでは恋人にする
決め手足り得ない、というのが現実的なところだろう。



 さておき……人妻に求めるものと女子高生に求めるものは
絶妙に共通しているところがあるよということだけど、
清純と貞淑は確かに共通しているところがあるかもしれない。

 ただ、恐らくだけどこれは非常に大きな違いであって、
女子高生の本流が処女だとすれば
人妻の本流は不倫・不貞なのではないかと思う。

 悪い言い方をすれば独占欲という意味では被るものの
その表面化という意味では真逆なのだろう。

 処女好きな男が人妻に行かないのは理解しやすいが
人妻好きな男が女子高生に行かないのは理解しがたい。

 ただこれは「社会的な道義・良心に背いて
自分の前では貞淑性を捨て去る」ということが重要であって
そういう意味では女子高生にはそもそも備わらない。
貞淑性を備える状況に達していないから。



 そしてこれに加味しないといけないのは
エロを見る時、人はどこに感情移入するか
ということなのである。

 男向けのAVでもやられる側に気持ちを置く例もある。
クジラックス大先生が
「女の子が感じてるシーンを描いてる時、興奮する。
そういう意味では女の子に感情移入しているんだと思う。」
みたいなことを呟いてた記憶がある(超うろ覚え)が
こういうことである。

 もちろん、男・女、それぞれに少しずつ感情移入したり
あるいはその場に居る第三者として、かもしれない。

 

 まとめると、xxというジャンルに行くメインユーザーは
「どこ、あるいは誰に感情移入して」
「どういった変化(状況?性質?)に」興奮しているか。
これが非常に大事なことだと思う。

 というよりも、ユーザーのニーズというのを噛み砕くと
つまり上のようなことなのだと思う。

 特に後者がとても大事に思う。
エロCG集にも文字が必要不可欠になったということは
やはり「キャラクター」の「変化」というものを
見るためにこの市場に来ているのではないだろうか。

 また、前者は味付けにおけるものであって、
PRやあらすじには反映されないので
数字になるかという意味であれば後者の方が重要。
満足度という意味では前者だけど。

 上手くてエロい絵を見るならばpixivにいくらでもある。
(ちなみに最近はpixivでネタを探してばっかり笑)
まとまった分量で文字入りかどうかが
pixivと市場の差であるならば、ここが勘所だろう。



 う~ん……全く文章の落とし所が見当たらない……。
「一歩先んじるための何か」を発掘しようと思ったら
それこそ考え尽くさないといけないのだろう。

 まぁ長い時間をかけて発掘するものだろうし、
また今度考えればいいか笑

 ちなみにエロRPGにおいても
大体同様のことを考えており、
エロの中でも同人RPGに来る人は
何を求めているのか、またそれに対しての解答を
色々と熟考しているけど、これはうまくいきそう。

 あまり多くのことを言い過ぎると
味付けのネタバレになってしまうので言えないが、
単純なエロさ、スピード感という意味であれば
CG集や漫画の方が遥かに良質なので
エロRPGに求められているのは他の何かが強いと思う。

 ……あ~年内にアルファー版出せたらいいな(弱気)

NPCについて……

  • 2016/08/10(水) 01:12:58

 押井守監督の注文の多い傭兵たちを読んでいる……。
やっぱりこの人の作品や考えに触れると
ドバドバとイマジネーションが湧いてくる。

 で、結論を先に述べると
破綻する限界までNPCの生活感を出したくなった。

 この人の企画書を読んでいると
とにかくNPCについて妄想が膨らんでくる。
それは基礎的な人間観ががっちり固まっていたり、
自分の表現したいものがあるからこそなんだろうけど。

 ドラクエビルダーズにまつわるインタビュー
やら
色々なものを読んでいるけど、
やっぱりプレイヤーの想像の余地がないとダメだ。

 そのためには結局
限界ギリギリまで追い込んで作っていくしかないと。
「自分が居ないところでもこいつは生活している」と
思えるぐらいには。

 時間帯や季節という概念が今作はないんだから
それほどの作業量にはなるまい(死亡フラグ)

 冒険が目的のものであれば楽ではあるけど、
追体験を目的とさせる以上、多少難易度は上がる。
が、失敗さえしないのは一番ダメだ。



 蛇足だけど、ゲーム体験の中で
一二を争うレベルで感動したのはムジュラの仮面。

 何ともなしに日中、平原を走っていたら
カラスに財布をパクられた青年が木に登って
カラスと格闘しているのを見て非常に感動した。

 そういう意味では小さい頃から、
ここに実際的に世界がある、
ということに感動するタイプだったのかもしれない。

 まぁ本当あのゲームは鮮烈だった……。



 しかし、作品を作っていて苦しいと思うことがあるけど
それって多くのことを求めすぎているからなんだろうなと
シネマシネマの押井塾を聴いていて思った笑

 ゲームを作るということそのものを残して
他の要素を削っていくとやっぱり楽しいことなんだと思う。

 そこに
・爆発的に売れるかどうか
・考えていた締め切りを守れるかどうか
・他所様と比べてクオリティはどうか
・大衆の評価を得られるかどうか
こういった評価点を加えてしまうからいけない。

 ここで締め切りを出すあたり
ゲームクリエイターって業が深いと思う笑
堀井雄二氏しかり、ゲームに携わる人って
なんかのんびりものが多いイメージ笑

 まぁこの手の要素はとにかく場数を踏まないと
どうしようもないことだし最初から求めるのはイカン。



 別分野におけるトップの人間の言うことってのは
参考になるものが相場と言われているけど
自分にとってはもしかすると映画とか
アニメーションに携わる人がそうなのかもしれない。

 単純に押井守監督がフィットしているだけ
っていう可能性もあるんだけどね笑

 そうだったとしたらいつかは三鷹に引っ越して
押井塾に入塾でもするか笑
次いつ塾が開かれるかわからないし、
その時に資金的に可能かどうかもわからないけど。

 まぁ焦ってもしょうがないことだし、
今は宮﨑駿監督とか虚淵玄……
一応シナリオライターだけど、の
話を色々と聞いてみることにしよう。

好き嫌い

  • 2016/08/08(月) 16:56:55

 世界観の構築における好き嫌いって意味で
これだけは言いたい、ということがある。

 PS2時代から出てき始めて
最近、特に雰囲気ゲーと言われるもので顕著なんだけど、
ありもしない罪をでっちあげて
プレイヤーに被せる作品は「ない」と思っている。

 具体的に言えば、冒険の舞台が
昔人類同士の戦争によって滅んだところとかね。

 これどういうことかと言うと、
要するに人間に対しての全否定が
その世界の精神的な根っこに存在している。

(もちろん戦争の後で荒廃した舞台となると話は別。
その手の作品は蛮性と善性が天秤にかかる構造となるし
往々にして善性が打ち勝つ。)




 同様に、意識的に転換させない限りは
ひたすら人間の否定で物語を進めることになる。

 大概は「この世界はどういう舞台か」を
ミステリー風味にしているから
それを掴むだけで物語が終わる。

 つまるところ否定から肯定への価値観の転換はない。
雰囲気ゲーって要するにドラマによって
価値観を転換する力がない作品の総称だから
まぁしかたないっちゃしかたないんだけど。



 SFC時代にありがちだった
「自分達の力で滅んだ超古代文明が遠くにあって」とか
それはまた別の話になる。ちなみにそういうのは好き。
ロマンが香ってくるし、自分達は恐ろしい技術を
手に入れてしまったという恐怖の発露だろうしね。

 大事なのは
・人間同士(自分達)の争いで
・自分達の存在の基盤が滅んだ
この2点。

 ストレートに言ってしまうと、その世界には
「人間の滅亡を止める良心・力」は
存在していない前提が出来上がる。

 更に言うと、怨恨・憎しみ、利己心が蔓延していて
それが具体的な転換を成されていない世界……
要するに人間が居ないから0なのであって
人間が出てくれば再びマイナスに行くよ、という
前提があるとも取れる。

 だからそういう舞台にする以上、
意図的にその良心を具現化させないといけないし
あるいはマイナスの価値観への対抗する存在が必要。



 でもこういう舞台を作る人間はそれができない。
結局、そういうモノを作る奴は自分の中にある
人間への否定的な価値観に振り回されている。

 一時期、
・今まで主人公がやってきたことは悪なんだ
・頑張れば頑張るほど物事は悪くなる
と言わんとしてる作品が多かったが、これも同様。

 どうか「浸りたい」ナルシストの間だけで留めて
世間には一切顔出ししないでくれと思っている笑



 また、振り回されているという意味で
最近特に顕著になっている傾向として
自分が被害者・弱き者であるという前提に立って
主人公の悪行を肯定する作品が多い。

 というか地味な売れ筋の一つ。
ゲームにしても漫画にしても。

 恐らくではあるが、作者自身が被害者意識から来る
悪い行い・意識を全肯定しようとしていると思う。

 ゲームの場合は
「その道ってお前(プレイヤー)が選んだ道だからな」
という言い訳を働かせられるから、
漫画よりもめちゃくちゃにエグいし、
その点でもってプレイヤーを自己肯定の人形にしている。



 こういうのって神の救済が限界点を迎えた
キリスト教独自のナルシシズムかと思っていたけど
若い子がこういうの好きってことは、多くの若人が
「自分は被害者である」と感じているのだろう。

 悪いことをしている自分を救おうとしているキャラが居て
更にそれをも殺したりすることで感動を演出している……
というのが受けるのは、非常に根が深い。
この手のが受けるのって

・どんなに悪いことをしたとしても
自分は救われるべき被害者である
・救済に働く善なる者も
「自分と同じような」苦しみに立たせることができる

 この2つの側面を持っていると思う。
こういった精神構造の者はハッキリ言って
西洋キリスト教的な価値観では絶対に救済されない。

 (ついでに言うと、「自分と同じような苦しみ」
というのは大概の場合は肥大化しており、
自分の苦しみを10倍にも100倍にもして他人に被せる。)



 多少話は変わってくるが、
既存の救済観の限界点を描いたのが(話を聞く上では)
劇場版のまどか☆マギカなのだと思う。

 もちろんめちゃくちゃに掘り下げられて描いてるだろうし
ここの文章とは比べようもないものだ。

 蛇足的なモノの言いようではあるが、
人類の限界点を描くだけで留まってしまったとしても
この手の作品は絶対に存在するべきだろう。

 正確な問いや疑問の存在は
それへの解答と等しい価値を持っている。これは絶対に。

 ありもしない罪をでっちあげるのは大っ嫌いだが、
今ここにある限界点……罪というと大げさだけど、
そういうものを描く存在はある意味では本当にありがたい。



 この2つって似てるようでいて全然違う。
それに触れた後の受け手の意識が真逆。

 前者はフィットした人間は何か癒される。それだけ。
そしてそれ以外は気分を悪くさせる。本当にそれだけ。

 後者は衝撃を感じながらも
今の自分は本当に正しいのかという問いかけが
無意識的に働くだろう。

 さくっと言えば、何かしらの解答、
あるいはその作品への応答を求めるようになるかどうか。
前者にはそれがない。そして後者にはそれがある。

 大衆の意識・無意識が解答へ向くのならば
それは価値観を提供することの一環だと思う。
後は誰が解答を出すかだけだ。

圧倒された

  • 2016/08/07(日) 00:10:54

 先日、今更ながら押井守監督の
スカイ・クロラを見てめためたに圧倒された。

 氏の作品はサンサーラ・ナーガ2に触れたことがあるが
やはりそれをクリアした時も数日間は圧倒されていた。

 細かい感想は再び見返したり
もう一度考えなおしたりして、機会があれば書きたい。

 良い作品、面白い作品には色々と触れてきたが、
この人に応えたい、と思うのは初めてだと思う。
そういう意味では、自分は押井守監督に
非常にフィットした感性を持っているのだろう。

 ただこれだけは言っておきたいというのは、
あの人は現実と虚構がごちゃまぜになって、だとか
ある意味ニヒリズム的な作品を作ると見られがちだけど
それは絶対に違うと言い切れる。

 現実という難問をよく踏まえた上で
その人がその身そのままで救われることを
追求している人だと感じる。

 間違いなく良心的なモノづくりをするし、
何より人間に対して肯定的であるだろう。
自分もまたそういったモノづくりで行きたいと思う。
まぁそこら辺は機会があれば。

 ただ、自分は……
もう少しポップなモノづくりをしたいけどね笑



 話は変わって、友人の小説の表紙絵を描いている。
久々に絵を描くのが面白いなぁと感じたが、
これ単純に構図の問題かなと思った。

 大なり小なりフカン・アオリを入れたいし
キャラクタ・状況によってはそもそも顔の向きを
そっぽ向かせた方がそれらしいものもある。

 そして、それらは時と場合によって
ぴったり来るものがまちまちなのは言うまでもないだろう。

 今やってるRPG製作の作業は会話の立ち絵であり、
非常にフラットなポージング・構図でないといけない。
大体の会話に合う汎用性も必要なので。

 作業を重ねて思うけど、これはあまり面白くない笑
恐らくだけど、キャラクタ性をあらわす、
という意味で自分が求めるものと食い違っている。

 一枚絵から抜き出したみたいなものの方が
個人的には好きなのだと思う。
ただ市場が求めているものはどっちかわからない。

 こういう時は何を求めているかというのも大事だけど
何が求められていないかというのも非常に大事。
ちなみに故・横井軍平氏の受け売り笑

 そもそも立ち絵が求められているか、
ということを考えるとだんだん怖くなってくる……!

 もっとも、エロRPGの市場においては
これを切り捨てる・抜本的に変えるというのは
かなりの挑戦だとは思う。

 要するにキャラクタ性が命の市場なので
それをより強調するものはあっても足りないぐらいだろう。
そう自分に言い聞かせて安心している笑



 しかし上の表紙絵、自分が出した構図で通ると嬉しい。
というか、他の構図を描こうと思ったけど
マジでヒヤッヒヤなものしか上がらない笑

 一回でも頭のなかで「これだ!」っていうのが出てくると
それをリセットするのって結構難しい笑