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戦慄

  • 2016/07/31(日) 19:50:04

 横井軍平氏について色々と本を読んで思うことがある。
(誤解を恐れずに言うと、氏は任天堂の設計思想を
顕現させた存在と言えなくもない。
もちろん顕したものは山内溥氏によって
潜在的に伝えられていたことだろう。)

 ゲームに限らずモノを作る人間が
最も意識しないといけないことは
その分野における原体験なのだと感じる。

 絵で言えば美を感じた原体験、
ゲームで言えば楽しさを感じた原体験。

 いや、その分野という枠を飛び越えて
精神的な原体験をきちんと認識しないといけないと思う。
若干飛躍しすぎているかもしれないけど。

 そういう意味で、自分という存在が
どういう所から出発したのかということは
必ず意識の上に持ってこないといけないことだろう。

 非常に漠然としているし、
自分の中でも曖昧なのでこれ以上何とも言えないけど。



 ゲームというのはシナリオはともかくとして、
キャラクターの動きにしても何にしても
数字でしか表現できない世界であると思う。

 それに有機性を持たせたり、
「こいつは本当はこうなんだろうな」という
妄想を差し挟む余地を生まれさせるためには
どういった精神・価値観を提供しなければならないのか、
という意識が必要不可欠だと思う。

 ゲーム性だとかジャンルという意味ではないし、
面白いモノを作りたいと言えといっている訳ではない。

 料理人が「美味しい料理を作りたい」だとか
「俺は中華で勝負する」と言われても困るのと同じ。
大事なのは美味しい料理を通して何を提供したいか。

 その提供したいものというのは
結局のところ原体験からしか発生し得ないと思う。
無理から出すことはできるが、原動力足り得ない。

 だからこそ自分自身を深く省みる、
ということはとても大事だと言いたい。



 しかし、改めて自分を振り返って
子供の頃に何をして心が満たされたのかとか
全く思い出すことができない。

 物心ついた時にはコントローラーを握っていて、
何故かドンキーコングとサンサーラ・ナーガ2が
妙に印象的だったのは覚えている笑

 ただ、ゲームを作る上で一番大事なのは
上で述べたようにゲームに
「何を落とし込みたいのか」ということだろう。

 そう考えると「ゲームしかやっていない」
「ゲームこそが自分の原体験」というのは
まさに戦慄すべき事態であると思う。

 それは要するにゲームに落とし込めるものは
何もないということの証左であるから。

 もちろんゲーム製作が複雑になった以上、
ゲームとしての勘所はたくさんプレイした人間にしか
ブラッシュアップさせることができない。
そういう意味ではプラスではあるんだけどね。

 まぁ自分って何なのかと思い直している……。

世界観を構築中

  • 2016/07/30(土) 12:34:49

 え?今?と思われるだろうが
自分でもちょっと思っている。

 というか、最初に作り始めた頃から
全てが変わっていると言っても過言ではない。

 構想段階に時間をかけなかった訳ではないと思うが
作り始めてから「あぁこれダメだ」と気づくケースが
他人に比べてめちゃくちゃ多いのかもしれない。

 桜井政博氏や故・横井軍平氏は
そこら辺の作り直しがすごく少なく、
頭の中で正確に組み上げられる人みたいなので
正直すごい羨ましい。

 逆に三上真司さんには親近感を覚えるけどね笑
バイオ制作秘話やバイオ4のエピソードを聞くと
あの人がディレクションして売れたものは
必ず途中で一回潰している。

 親近感を覚える人物だからこそ
タンゴゲームワークスには色々と思うところが多い……。



 まぁそれはさておき、
シナリオ・キャラクタ・世界観は
三位一体みたいなところがあると思う。
(もちろんそれらが表現するのはテーマである。)

 具体的に言うと、世界観を練っていった時
そこにいるキャラクタの潜在的な意識も見えてくるし
また、その世界にある問題点もはっきりする(させる)から
ドラマも見えてくる。あときっちり組み上がる感じが楽しい。

 そういう意味では自分は世界観をメインに
組み上げていくタイプ……なのかもしれない。
結局はそれぞれの要素を行ったり来たりになるけどね。



 世界観を作りこむのはいいが、あらすじだとか冒頭で
長々と世界観を説明する奴、アレはダメだと感じる。

 理由の一つに、JRPGのメインユーザーが欲しているのは
説明ではなく、キャラクターや体験するドラマであること。

 正確に言うと、欲していないものの一つに
長々とした説明がある。この履き違えが
据え置き機が凋落した原因の一つに思うがそれは別の話。

 もう一つ、先ほど言ったように
シナリオ・キャラクタ・世界観は三位一体で
見せ方にしてもどれかが著しく独立してしまうのは
練り込み不足のように思える。

・キャラクタが目的に向かって走っていく中で
・その人となりのことを深められて
・それは世界観・神話に育まれたところが大きいと知る

 これが非常に理想的な味わわせ方なのではないだろうか。
世界観→キャラクタ→ドラマ の関係で作っている人間が
ドラマ→キャラクタ→世界観 で見せるのは不思議だが笑

 ただまぁ、その世界を形作った神話・精神性は
人間・ドラマでしか形にならないという考えが
自分の中にあるだけかもしれない。

ポケモンGOについて

  • 2016/07/28(木) 12:49:02

 話題作なのでもちろん遊んだから
ポケモンGOについて思うことを列挙したい。



 まず先に総評。
ゲームとしての粗は色々あるが、
電子ゲームとしての既存の括り・方向性を飛び越えて
アナログゲーム的な面白さを提供し始めたという意味で
これは間違いなく歴史的な一歩であると思う。

 今まで電子ゲームは極端に話すと
「一人の人間に対して」精神の旅路を与え、
それにより人間の生活を豊かにする力があったように思う。

 しかしGOは「複数の人間が集まる機会」を提供している。
しかもそれが非常に絶妙。
人間との関わりは強制されると非常に苦しいものがあるが
「ポケモンと会いに行こう」という体で来られると
いともすんなり外に行くことができる。

 色々な意見はあるが、自分としては
任天堂の設計思想が「ある程度」反映されたからだと思う。
(なぜある程度なのかは後述)

 アナログゲームに原点を持つ会社であり、
子供達のためにずっと作り続けたからこその成果だろう。

 以下具体的な良し悪しを語っていくが、電子ゲームというより
「人間同士の繋がりを提供する遊びとしてどうか」
という面からの評価をしていく。

 むしろこれを既存の電子ゲームとして評価すると
てんで的外れなものにしかならないだろう。
E3であまり評価されなかった「らしい」が
そうであるなら評価軸が凝り固まると
きちんと見れなくなる証左である。

 大のゲーム好き・製作者が集まる会で
これだけのブームを見抜けなかったのは
ユーザーとの意識の剥離という意味で
危機感を抱くべきことなのではないだろうか。
それはさておき……

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 先に悪いところ。
一言で言うと「Niantic社の商品」としての側面が強い。
任天堂的設計思想が若干欠落していることと、
このゲームが本来提供できたこと・するべきことが
これでもかというぐらい薄い。


 一、何よりもまず「ゲーム内課金」の存在である。
これは大体のユーザーが不条理に感じる。
ましてや子供がやることを考えると頂けない。

 請求されることを考えずに課金するからとか
そういう意味ではなく
「自分が頑張っても課金している人の方が強いんだよな」と
思わせるのが良くない。


 二、地域間格差が悪い意味で強烈。
ポケステ周るのに原付きがないと
しんどい程度の田舎民からするとちょっとな、と思う。

 そのうえ人が集まる都会では
ガンガンにルアーが使われているので、
ポケモンと会える機会も変わってくる。


 三、人間同士の良き関わりの要石、
という面から見るとまだまだやれることが多い。


 これら三点を踏まえた上で
本来ポケモンGOがやれたことを含みつつ
改善案を挙げていきたい。


 まず最初は「いっそ地域間格差を強烈にする」
今は田舎民が損をしている。ここからフラットにするには
田舎民の損を削るよりも得を与えた方が面白い。

 要するにご当地ポケモン的なものの存在。
これは被災地に意図的に出したり、あるいは
シャッター街に出すことにより町おこしさえできる。

 本来はレアポケモンなんだけど
この街に行くとすごい出やすい……とか。
これうまく打ち出すことができれば間違いなく経済効果になる。

 いや、本来であるなら「しないといけない」のである。
機会損失という意味では赤字なのであるし、
公益を考える企業であるなら間違いなく手を伸ばしている。

 ただしこれはあくまでも結果論であり、
最初は誰もが社会現象になるとは思わなかった。
そういう意味でGO2には高い期待がある。

 次回作を世に出す場合、各商店に
「ポケストになるかどうか」の許可や
あるいは出したいものをリサーチする。

 当然多少のみかじめ料はかかるだろうが
これは要するに今ユーザーが課金で負担しているものを
企業対企業で解消してしまうべきだということである。


 うまく地域間格差を面白く出すことができていたら
課金制度とはまた別の商売の形を打ち出しつつ
更に地方へ人を動かし経済を回すことができると考えたら
これを行わなかったというのがいかに罪かはわかるだろう。


 次に、家族・友人として他の端末を登録できるようにし、
その端末同士ではポケモン・道具の交換をできるようにする。

 更に、ポケモンの交換をした場合
「交換をした端末、あるいは場所」と
離れていればいるほどポケモンが強くなる。

 例えば、自分がどこかに引っ越す時に
友達とポケモンの交換をして他所に行くとする。

 沖縄から北海道に引っ越したとして
その時に交換した場所の距離と比例して強くなるなら
当然バトルの時に活躍してくれる。

 活躍するということは良く目にするし愛着も湧く。
その度に昔の友人との思い出や気持ちが蘇ってくる。

 ある意味で、ポケモンを介して
人間同士の思い出をより良い、長く深いものにできるが、
今はしていない。


 更に前の話との組み合わせで
「その県限定のポケモン」が居れば
引っ越し先の学校でもすんなりと友人の輪に入れる。

 想像してもらえればすぐにわかると思う。
引っ越して来た奴が自分と同じ趣味を持っていて
しかもそいつは自分達とは全く違うものを持っている。
これは絶対に盛り上がる笑

 やっぱり地域間格差はもっと付けた方が面白い。
というか、より「外に出よう」という気持ちが強まる。

 もちろん交換するのはお互いにとって遠慮するだろうから
ポケモン同士の交配を導入するのもアリだろう。


 もう一個、例えば家族同士の端末が近くにあり、かつ
「いつも居た場所から何Km以上移動した場合に限り」
出てくるポケモンが居るのも面白い。
早い話、家族でレジャーやどっか行った時の想定。

 全然見つからない、と言われていたポケモンが
家族と遠くへ出た時に捕まえることができたら
その旅行はとても大切な思い出になる。

 また、家族同士では交換ができたら
親の端末に出ても大丈夫だ笑

 先の「ご当地ポケモン」の存在があれば
子供としても車を出してくれる親と出たいというもの笑
簡単に言えば、家族間の交流を増やせる。
親としても散財のちょっとした言い訳になるだろうし笑


 各改善点をひっくるめると
「人間同士の関わりの中でのポケモン」あるいは
「社会をよりよくする存在としてのポケモン」というのを
もっと突き詰めていくべき。

 今こんだけその点がヌルいのは
結局「Niantic社」という別会社の「商品」だからかと感じる。
「任天堂」の「作品」であれば間違いなく
上に挙げた程度のことなんて簡単に実装してくる。

 そう考えているからGOはぶっちゃけ
アルファー版でしかないと思っている。

 これからNiantic社を斬るか吸収するかはわからないけど
「完璧な任天堂オリジナル」になった場合の
GOがどうなるかにマジで期待をかけている。

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 最後、評価点。
色々とあるけど、もうこれがとにかく強い
「ポケモンに会いにいこう」というキャッチコピー。
これはハッキリ言ってヤバイ。

 自分のゲーム論で申し訳ないが、
良いゲームには3つのステップ・面白いポイントがある。

 思索・発掘・転換の3つ。転換がもっとも難しく、
そしてこれができた作品は大概は世に残り影響を与える。

 じゃあ具体的にGOが上をどう満たしているか。


 ・ポケモンに会いに行くため外に出る。
ある程度は捕まえるが良いポケモンはあまり出ないし
そもそも出る数も少ないしボールも減っていく。
どうすればより良い結果が得られるか考える。
これが思索段階。


 ・ボールも手に入るし、人によってはルアーも出すので
ポケストに居たら非常に効率が良い。
あるいは、人と一緒に歩いていれば
レアポケモンの見逃しも減る。
人間と一緒に居た方が何かと都合が良いと気づく。
これが発掘段階。


 ・ぶっちゃけ集団の中に居るのは好きではなかったが
なんだかんだ趣味を同じくする人間が集まると面白い。
人間が集まるということに対しての見方が変わる。
これが転換段階。

 ・その上、今までは何とも思わなかった自分の街・地域が
途端に面白いものになるというダブルの転換がある。


 このように、今までマイナスだったもの、
なんとも思わなかったものを
そっくりそのままプラスに転換している。これがヤバイ。

 そしてこれは表立ったルールが
「ポケモンに会いに行こう」だからなのである。
人間と交流をしよう、ではこんなことにはならなかった。

 色々と悪い点を挙げたけど、
これでチャラにできるぐらいのポテンシャルがある。
もちろんより良く改善したらもっと良いけど。

 良い作品は価値観をプラスに転換する力があるし、
GOはそれを満たしている。この事実を鑑みると
どう考えても良い作品だし、これこそGOの勘所なのだ。

 だからこれがきちんと評価できない人間は
そもそもこの作品を評価する土台ができていない、
好き嫌いで語っているにすぎない、とさえ思う。



 あ~、早く色々な製作者が
GOについてどう思うか批評を出して欲しい!

 あぁ、こういう見方があるのか!と
驚きたいのだ。現状「オタクさん」の目線だとか
ユーザーの不手際を企業にかぶせる話ばかりだ。

探索面

  • 2016/07/24(日) 18:59:53

 戦闘・成長に関しては
ある程度こういう構造でいこうという
アタリみたいなものは付いた。

 しかし探索面は非常に悩ましい。
ゲームにおいて一番気をつけないといけないのは
毒にも薬にもならない時間を
極限まで削り切ることだと思う。

 アクションの場合でさえ同じ通路の行ったり来たりが
強いストレスになるのはそういうことかと感じる。

 要するに移動だけというのは正直本当につまらない。
リスクにもならなければリターンにもならないので。

 アクションにおいては移動がそのまま
戦闘・リスクに直結するのであまり気にしないでもいいが
コマンド式RPGにおいては完璧に分かれているので
よく考えなければいけない。

 コマンド式RPG=古臭いというイメージなのは
何十年も前に出来上がったテンプレートに対して
抜本的な価値観の転換をしていないのも大きいだろう。

 現在、ゲーム以外の部分で
「面白い」と感じているものを
何故面白いと感じているのか、
そしてどうやってゲームに落としこむか熟考中。

ブリブリ固まっている

  • 2016/07/20(水) 15:29:28

 カービィ・スマブラでおなじみに桜井氏が
ファミ通にて連載していたコラムを単行本化したもの
(ゲームについて思うこと、等々)を読んで、
なかなか案が固まってきたし、
遊びに原理・理屈みたいなものが顕在化してきた。

 正確に言うと、こういった現場の人間の意見や
ちょっとした一言を聞くことを呼び水として
自分の中でバラバラだったものが
まとまりはじめている。

 あまり多くのことは言えないが、
キャンバスを前に作業する時間よりも、
ゲームの仕様について書いたり練ったりする時間の方が
数倍時間を要するようになるかもしれない。

 また、考えるだけでは浮かばないこともあるので
今のように誰かの考えを取り入れたりもあるだろう。
それはつまり文章を読む時間も必要になってくる、
ということである。

 そういう意味ではお絵かきは
ささっと終わらせなければならない。
多少は自分の中での妥協点を探りながらやらないと
どうしようもないものもあるので……。

 あそうそう、各NPCはちゃんとゲーム内の役割が
きちんと定まって良かった。

 シナリオ的にはもっと突き詰める必要があるけど、
とりあえずゲームにおいて必要ない、というのが居るのは
ワリと深刻なことなのでホッとしている。



 ちなみに、ゲーム製作からだいぶ経ったけど
それでも今になって案を練りなおしているのは
やはりネクロダンサーの影響。

 はっきり言ってこれを遊んだことによって
納期は確実に伸びたけど
完成像の洗練具合が段違いに上がった。

 まぁそこら辺のレビューはもっと遊んでから、
また今作製作終了してからやりたい……。
その頃には世界のトップ10ぐらいには
何かしらで入っていたいところ笑

 どうでもいいけどメロディデスレスは
トップ30には入った笑
我ながらダメな男だと思っている笑

よく眠ろう

  • 2016/07/16(土) 19:35:20

 自分に足りないものは睡眠だった……。
ぐっすり眠れた日は大概やる気が起きるし、
非常に健やかな気分になれる。

 仮眠をとってバイトにいって帰って仮眠をとって、と
完璧に分断されている状況なので、
さっさと生活リズムを変えなければ。



 そして今製作で悩んでいることは
ひたすらシナリオ・ドラマについて。

 キャラクタデザインを進めながら、
あるいは音楽を進めながらずっと悩んでいる。

 悩んでいると言うよりは、ひとつひとつを
じっくり積み上げているという方が
聞こえがいいからこっちを使いたいけど笑

 現代人の要請に応えるものを作らないといけない。
求められてはいるが拓かれていないものを提供したい……
要するに遊んだ人間の気持ちが楽になるものを作りたい。

 当然その楽にも色々あるけど
背負っている苦しみを少しでも緩和したり、
あるいは気持ちを未来に羽ばたかせるものでありたい。

 そのためにどういったドラマにするか、
このキャラクタにはどういったものを背負わせて
何を解消させるか、そういうことをじっくり練っている。

 もっとも、こういうのって「いざシナリオ流しこむぞ」
という段にならないとわからないことが多いから
さっさとそこに行かないとダメなんだけどね笑

 そして、予想以上にキャラグラ製作に
時間を食われて焦っている。
焦ってもしょうがないとは言うものの、
どこかで妥協をしないといけないのは辛いところ。

 キャラ・音楽・シナリオ・ゲーム性は
さすがに素材を借りたり外注にすると
弊害が大きいので楽はできない。

 また各NPCが必要かどうか見なおすべきだろうか……。
キャラクタがドラマの中で
きちんと価値観が動くかどうかを鑑みて、
それがない奴は省く勇気も必要なのかもしれない。

 確かにNPCが多いとゴージャスではあるんだけど
シナリオという意味で必然性がないと
雑味にしかならないので……。

通用しないこと

  • 2016/07/10(日) 19:29:12

※ここ数日、眠気に襲われながら文章を打っているので
読みづらい文章が続いていて申し訳ない……。



 自分が面白みを感じないものは確実に通用しない。
色塗りをしながらそう感じた。

 いや、正確に言うと通用しないというよりも
「新しい何か」が要請されているのだと思う。

 自分自身の次へ進みたい欲求を
いかに素早くキャッチできるかは
恐らくとても大事なことなのだと思う……。



 具体的に何がどうダメだったかというと、
まずペン入れの時点でダメだった。

 自分の場合ペン入れをすると
一気に仕上がりのイメージがわからなくなる。

 ラフの段階ではある程度、こういう風に塗ろう
という見立てはあるんだけどそれが一気に迷子になる。



 そんなこんなで、塗り上げながら
アウトラインを決めるやりかたを採用した。
ちなみに厚塗りではないと思う。
厚塗りと言うには塗り上げの情報量が少なすぎる。

 で、今まで自分がやっていた
パーツごとにレイヤーを分ける、という方法論だと
アウトラインが他のパーツにかぶさるところが
非常に塗りづらい。

 かぶさるパーツを部分的に消して
アウトラインを決めた後に塗り直すと
若干の隙間ができて非常に気持ちが悪い。

 レイヤーを分けたまま隙間をなくすには
アウトラインを極太にするしかないのである。
これは個人的にはちょっときまりが悪い。



 考えられる対策として、レイヤーを
出来る限り結合していくというものがあるが、
ディテールの描き直しが非常にめんどくさい。

 特に秋鮭筆でぼんやり発光や焼きこみを
乗せていく過程で他のパーツに干渉する。
その度に描き直す必要があるため若干骨。



 どうしたものかと考えていた折、
ふとグリザイユ画法について思い出した。

 趣味程度にアナログで描いていた頃から
そういった技法があることは知っていたが、
あまり現代では使われていないイメージがあるため
「もう通用しない技術である」と思っていた。

 ただ、それはあくまでもアナログというか
西洋絵画のお話であって、
デジタルイラストレーションではどうなるかわからない。

 複数のレイヤーをあっちこっち行き来せずに
しかも微調整がしやすい塗り方があれば最高である。

 色々と調べるとグリザイユ画法は
そこら辺の要請にきっちりと応えてくれそうなので
とりあえず明日あたりからそれでやってみようと思う。

 ただし色を乗せる作業での不安が多少ある。
カラーレイヤー一発で済ませられそうに見えて
意図しない色になるという問題点があるという指摘があるし、
グラデーションマップを使わないと露骨にくすむ。



 まぁやってみないと何とも言えないことだろうから
まず明日グレースケールで描いてからだ。

 自分が着彩に求めていることに対して
見事に突破口を与えてくれる技法だとありがたい。

 もっとも「自分はこのやり方を極める」という
覚悟がない限りはどんな見事な方法論でも
その恩恵に授かることはできないだろうけど。

 逆に言うと、フィーリングがあえば
このやり方を徹底的に煮詰めていきたい。

 色々な理由はあるけど、デッサンのノリを
着彩に持っていけないかいつも悩んでいた。
グリザイユ使えばそれができそうだと思っている。



 話は変わるが、前回の記事に書いた小池一夫先生の件、
出版されている本を読んで少し深めている。

 新書の方はネットの内容と結構重複しているし
もう一歩踏み込んで欲しいというものも結構ある。
ミクが表紙の奴も多少は重複してはいるが
噛み砕くのに多少時間がいる感じが強い。

 色々と作品を作ってきて、雑に作っては
後々死にたくなるようなものしか出来上がらないと
学習したので、とにかくじっくり作りたい。

 ただ、今自分が考えているのは何を残すかであり、
残したものをどうやって補強するか。

 大事なのは一つのテーマ・目的に対して
どれだけシャープかということではないかと思う。
そこら辺はもう少し目が冴えてて
頭がスッキリしている時に文章にしたい。

危なかった

  • 2016/07/04(月) 18:16:25

 今日、小池一夫先生のキャラクターマンpipを見て
いかに自分がヌルく作っていたかを痛感した。

 先日、本筋に関わるキャラクタ製作が頓挫して
どうも進みが鈍いことを友人に相談すると
「キャラクタの数が多すぎるのではないか」と言われた。

 ぶっちゃけその時は
「さすがに本筋に関わるキャラクタは削れまい」と
思っていたが、その友人の言はまさに正しかった。

 要するに無意識の内に話の軸を
複数作ってしまい、それがブレの原因だったのである。



 ただ、それに気づくことができたのは
話を徹底的に煮詰めたからというよりも
小池一夫先生が提示している
キャラクタ主導で構成していく方法論に
よるところが大きいと感じる。

 恐らくあの人の教えをきっちり受ければ
構成が上手いか下手かはさておき
見せたいものをハッキリと見せられる
「いい」ものが作れるようになると思う。

 そんなこんなで、今自分は
本当にキャラクタを通して言いたいこと、
あるいは見せたいことを厳密に精査している。

 で、これは鈍らせると思ったものは
例え今まで「本筋だ」と思っていたものでも
容赦なく削らなければいけないだろう。

 どうでもいいけど、削ったキャラクタは
皆男だったのにちょっと笑っているけど笑

 とりあえずどういう経過を経たか、
何を思い何を削りとったかは製品を発表して
1ヶ月ぐらい経ちバグフィックスも必要ないだろう、
という段になったら公開したいと思う……。


 

 しかし何とかして直接教えを請いたいが、
今は書籍やネット上の文章を読むことで
勉強をしたいと思う……。

 現在40期生の塾生を募集しているものの、
田舎民からしたらストリーム配信しか見れない。

 しかし教わりたいのは技というのもあるが
何か魂というかそういう系譜足りうるものなので
やはり直接いかなければいけない。

 早く都市へ出なければ。
いつ先方の体に不調が出るかわからないので。

困ったこと

  • 2016/07/03(日) 13:00:15

 ぼちぼちsteamは封印して
製作の方に気持ちを持っていってる。

 以前描いたはいいものの、
正直微妙だと思っていたキャラクタのデザインを
描き直したりしてエンジンを温めている。

 まぁこの調子だとそこら辺は
特に問題になることはないだろう。

 相当なことがない限りは
7月中にキャラグラフィックと
歩行グラフィックは終わる……と思う。



 今ヤバイと思っていることは
ゲームシステムに関してで、
案が出ないという点もあるけど
それ以上に今考えているものを
形にさせてくれるスクリプトが存在しない。

 これはいよいよもって
製作依頼を出すしかない状況であるが、
何分こういうことは初めてなので
非常に緊張している笑

 まぁ無理っぽそうだったらその時はその時だろう。
言うほど込み入ったことではないと思うので
恐らく可不可という意味では問題ない……はず。
金額という意味ではどうなるかわからんけど笑



 あと地味に不安なのがBGM
メロディー・コード付けはできる。確かにできる。
特に後者はCubaseの威光によってかなり楽できてる。

 思ったほどコードの予測や提示は役に立ってくれないが、
クリック一発で響きをプレビューできるのは非常に大きい。
これのおかげで積極的に試行錯誤できるし、
そうなってくると本当に楽しい。

 しかしアレンジ周りは恐らく
露骨に技量に関わってくることなので
ちょっと二の足を踏んでいるという状況。

 自分の中での方法論というものや
アレンジを固めていく順番がハッキリ定まっていないので
何がなんだか、というのが正直なところ。

 特にゲーム音楽のアレンジなんて正解や定番が
あってないようなものなので、
それも大きな要因かもしれない。

 とりあえずできることからちゃっちゃと進めないと
いくら時間があっても足りないので、
7月中はメロディー・コードをひたすら固めていって
アレンジの作業は8月、ゲームを形作りながら
ということを考えている。

 8月中にある程度マップとBGMが固まると激アツ。
9月はひたすら調整+マップの作りこみができるので。

 しかしそう考えると、歩くことを
どれだけ面白くさせるかという案は
とにかく早く出さないといけないな……。